クラブ通信
週刊KFCトライアスロンクラブ通信
■KFC photo Libraryから最新情報(2025/01/19)

KFCフォト・ライブラリーから貴重な写真を紹介しましょう。

テニアン島に時間指定のウミガメウォッチングの不思議なポイントがあります。ポコポコとおもしろいように海面に浮かび上がってきます。

2005年に建設された太平洋側に面したパビリオンがあります。 パビリオンとはバーベキューを楽しめるように作られたセメント製の建物で、電気と水道が完備されています。テニアン島では太平洋側にパビリオンを作るのは初めてのことです。ここは「スーサイド・クリフ」の近く(手前)にあり、眼下に雄大で荒々しい太平洋を見下ろすことができる道路脇の崖上にあります。

島民たちの憩いの場であるタガビーチのパビリオンは西側のフィリピン海に面した所にあり、夕日を楽しむのに最適な場所。 そして、ここのパビリオンは太平洋の水平線の彼方から昇ってくる朝日を見るのに持って来いの場所です。しかし、このパビリオンの崖下の海域がウミガメウォッチングポイントであることは知られていません。この場所ほど確立の高い割合で海亀を見ることができる場所は、マリアナ諸島でも、この場所以外にはないと思います。それも、お手軽に見ることができるのが良い。

ウォッチングの時間は毎日午後3時~4時の間で、それ以外の時間帯には見ることができません。 この時間帯に行くと、青亀や赤亀があちこちから呼吸をする為にポコポコと次から次へ海面に浮かび上がってきます。2~3分海面を漂って、呼吸して、海中に潜っていく。 なぜ、この場所で、毎日午後3時~4時という決まった時間帯に多くの亀が見られるのか、不思議です。

このポイントを教えてくれたのはテニアンボーイを自負するジョー・クルズ(今年1月に永眠)という友人です。彼によると、この海域に海亀の家があるという。 そして、昼間は西海岸のバルシナス・ポイント海域に餌を獲りに行き、夕方には東海岸にあるこの住処に帰って来るのだという。海が荒れていない限り、この時間帯にここに行けば、見ることができるという。我々は連続3日間通い、3日ともビンゴでした。しかし、なぜ、ジョーは海亀の行動パターンが分かるのか、不思議です。 また、これだけ高い確立で見ることができれば、テニアン島の立派な観光資源に成り得ます。


■KFC photo Libraryから最新情報(2025/01/18)

KFCフォト・ライブラリーから貴重な写真を紹介しましょう。

右の写真は、ロタ島北部の太平洋を臨む東海岸の崖の中腹にあるチゥガイ壁画洞窟(Chiugai Pictograph)の写真です。

これを最初に発見したのは我々が「ミスター・ロタ」と呼ぶ友人のベン・ロザリオです。今なおチャモロ民族の伝統文化を継承している唯一無二の存在です。

1994年に偶然発見したのですが、最初はそれ程価値のあるものとは思わず、 他人には告げずに自分の気に入った日本人観光客だけを時々ガイドして連れて行っていました。 その内、これが相当に価値のあるものと気が付いて、ロタ政庁に届け出で、公になりました。

その後のグアム大学が調査し、それが非常に価値のある古代遺跡で、約1万年前の古代チャモロ人の住居ということが判明しました。 今では、マリアナ諸島で最も価値があり、保存状態の優れた文化遺跡として、役所の手で手厚く保護されています。

それは自然にできた鍾乳洞の洞窟で、天井も高く、その大きさは観光バスが数台入るくらいです。そして、その壁には古代人が描いたと思われる様々な絵や模様が描かれている。 海亀、カニ、ブルーマリン、クラゲ等々、それに、男女の生殖器と思われる模様もあります。

そして、洞窟の入り口付近には日本のお釜、一升ビン、ヤカン、錆びたツルハシ等々が見られる。 おそらく、これらは太平洋戦争時に日本兵がここに隠れていた名残であろうと思われます。古代人のものとは違います。

現在は保護のため一般人の自由な立ち入りは禁止されています。 しかし、前もって役所に届出をすれば、日時を調整してレンジャーが連れて行ってくれます。

しかし、ここへ行くには乗用車が通れるようなまともな道はなく、四輪駆動車かピックアップ・トラックでないと困難です。さらに、車を降りてから道なき道を10分間ほど歩かなくては入り口に辿り着けなません。 今では、その入り口には頑丈な金属柵が設置されており、同行のレンジャーに開錠してもらわないと洞窟には入れません。 そんな訳で、現在までここを訪れた観光客はほとんどいません。また、ロタ島民ですら、話には聞いていても、実際に見た人は少ないでしょう。


■KFC photo Libraryから最新情報(2025/01/16)

KFCフォト・ライブラリーから貴重な写真を紹介しましょう。

毎年8月の太平洋戦争終戦時になると、広島と長崎の原爆投下がTVで放映されます。でも、投下された日本(広島と長崎)からの目線ばかりの番組です。だから、ここではどこから、どのようにして原子爆弾が日本へ運ばれてきたのかを、当時の写真と共にお知らせします。

右の写真は上から、①長崎に投下された原子爆弾、②広島に投下された原子爆弾、③B29爆撃機に搭載されようとしている広島型原子爆弾、④その原爆を広島へ運んだ爆撃機エノゲイの機体、⑤滑走路を整備している作業風景、背後に見える山はサイパン島。⑥1944年6月当時の陥落前のテニアン島日本人街の写真。

①の白く丸い形状のものが長崎へ、②の黒い棒状のものが広島へ投下されました原子爆弾です。これらの写真に写り込んでいる米兵で原爆自体の大きさが分かります。意外とコンパクトです。こんな物があれだけの大被害を引き起こしたのです。

1945年8月6日と8月9日に広島と長崎に投下された原子爆弾は約2500km南方にある北マリアナ諸島テニアン島から米軍のB29爆撃機によって運ばれてきたのです。米国本土から飛んできたと思っている人もいるようですが、それは違います。当時、日本の統治下にあったテニアン島からサトウキビ栽培に従事する日本の民間人や日本兵を圧倒的な武力で排除し、米軍が占領したのもです。1944年7月のことです。

テニアン島は台形の平らな地形をしています。そして、島全体が石灰岩の隆起できており、全てが固い地面です。島南部は低い丘があるのに対し、北部は本当にまっ平です。滑走路を造るには持って来いですの地形です。その地形を利用し、テニアン島占領後、急ピッチで米軍は島北部に4本のB29爆撃機用の滑走路を建設工事に取り掛かりました。1本が長さ2600m、幅600mです。結局、工事から1年後には出来上がったばかりの滑走路からB29爆撃機が飛び立ったことになります。

その工事と並行して、島南部に日本統治時代に日本人が造っていた港を整備し、米国からそこへ原子爆弾を船で運び込み、荷揚げできるようにしました。滑走路に近い島北部は遠浅で船が容易に接岸できません。

さらに、島南部の港から島北部の滑走路(飛行場)まで原子爆弾を運ぶためのまっすくな道路も建設しました。その距離は全長13kmほどです。その道路を本国のニューヨークにある有名な道路に因んでBROADWAY(ブロードウェイ)と名付けました。その道路は現在も島民たちの生活道路となっています。

この滑走路(Runway Able)は戦後80年間も放ったらかしにされ、荒れ放題状態で、出入りも自由でした。我々KFCは2000年に米軍の許可を得て、テニアン政庁と共にこの滑走路をバイクコースに組み込んだトライアスロン大会を開催したことがあります。なんとも平和な時代でした。それが2~3年前から米国の対中国戦略基地の一つに組み込まれ、再整備がなされ、米軍の軍事演習等々が行われています。当然、同盟国である自衛隊も参加しています。当時の人々には想像すらできない展開と思います。


■第27回青梅高水パラティノース国際トレイルラン最新情報(2025/01/13)

現在募集中の「第27回青梅高水パラティノース国際トレイルラン」に関し、先週末からランネットでのエントリー手続きも可能になりましたので、お知らせいたします。

昨年の第26回大会から台湾人に対し、本大会におけるエントリー費の免除を実施しています。本大会が続く限り永久に参加費を免除するというものです。理由は、昨年正月に発生した能登半島地震に対し、間髪を入れず台湾市民から多額の復興支援金(約25億円)が届けれ、それに対する我々KFCができる感謝の気持ちです。我々ではそんな大金は無理ですから。

今年は、その情報がだいぶ広まったようで、台湾からのエントリーが活発です。すなわち、台湾市民に感謝の気持ちが伝わっているということ、嬉しいことです。青梅市の国際交流に関してもプラスになるでしょう。今後、もし、運営面に支障が出るようになれば、対策はその時に考えます。


■KFCトライアスロンクラブ最新情報(2025/01/12)

先週、我々KFCの古い友人である(株)クリエイティブヘッズ社長の山田さんが小池都知事を表敬訪問しました。

昨年10月のソサイチ(7人制サッカー)のアジアカップ優勝報告のためです。

耳慣れない「ソサイチ」とは「社交的」を意味するポルトガル語の「Society」が語源。11人制のサッカーと5人制のフットサルの「いいとこどり」をしたような競技です。ピッチはフットサルコート3面分で20分ハーフ。交代が自由だから、体力に合わせて老若男女がプレーできる生涯スポーツとしてもすそ野を広げています。世界的にも呼び方はそれぞれだが「7人制」は盛んです。

また、そんな山田さんとはサッカー熱の盛んなサイパンへ近々一緒に訪問する予定になっています。


■KFC photo Libraryから最新情報(2025/01/11)

KFCフォト・ライブラリーから珍しい写真を紹介しましょう。

ロタ島のニワトリは、現在では野生化しており、すべて空を飛びます。ニワトリが飛ぶのは珍しいと思います。右写真はそれらのニワトリが山中に産み落とした卵です。

空を飛ぶといってもカモメのように長時間飛行するのではなく、飛行距離は100mほどです。地面から背の高い木に軽々と飛び上がったり、飛んで猫から逃げたりするくらいです。それでもニワトリが飛ぶというのはすごいことのようです。かつて、イギリスからTVクルーが取材にきたことがあります。

島内のビーチでも、道端でも、民家の庭でも、どこでも良く見かけます。おそらく生息数は島民の人口よりも遥かに多いと思います。ロタ島で最も繁栄している種かもしれません。偏に飛べるという能力を獲得したお陰です。人間や猫が捕獲しようとしても飛ぶ鳥は簡単ではありません。おかしいのは、これだけ周りにニワトリがいても、島民たちは普通に鶏肉をスーパーで買って食べています。

時々、ジャングルで無防備に産み落とされた卵を見つけることがあります。ロタ島にはヘビ等々の外敵がいないので、これでいいのです。これらは有精卵ですから、親が抱けば必ずニワトリになります。近い将来、ロタ島はニワトリの島と呼ばれるかも知れません。


■KFC photo Libraryから最新情報(2025/01/10)

KFCフォト・ライブラリーから偶然に遭遇した貴重な現象を紹介しましょう。

2006年6月4日午後3時頃の出来事です。サイパン島からテニアン島へ向かう小型飛行機の窓から下界をぼーっと眺めていると、海面にいつもと違う何かを感じました。良く見ると巨大な渦が発生していたのです。

サイパン島とテニアン島の間にある海峡の幅は約5kmです。その渦は海峡いっぱいに広がっていたので、直径の大きさは約5kmと言うことになります。背後に見えるテニアン島の陸地と比較してもその大きさが分かります。運よくカメラを手にしていたので、シャッターを押しました。それがこの1枚です。

この現象をテニアン島民やサイパン島民に話しても、これまでに誰もそんな現象を見たことも聞いたこともないと言います。市長や政府関係者も答えは同じです。また、パイロット達に尋ねても島民と同じ答えです。だから、これは数十年に1回という珍し現象かもしれないと感じました。因みに、我々もトライアスロン開催で過去にこのルートを数十回は飛んでいるのですが、見たのはこの時だけです。

この海峡は常に右手から左手に流れがあり、それも速い流れです。だから渦が発生しても不思議ではありません。しかし、渦の大きさが海峡の幅いっぱいもあるので、陸地からでは目の良い島民たちでも渦を判別し難いと思います。


■ロタコーヒープロジェクト最新情報(2025/01/08)

右の写真の3本のコーヒー木の若木はロタ島の山中にあるマウンテンコーヒーの群生地から持ち帰って、育てたものです。特筆すべきは、これらのコーヒーは故住田多次郎氏をルーツに持つコーヒー木で、壮大なドラマが宿っていることです。

明治15年にハワイ島に渡り、酒造業で巨万の財を成した住田多次郎氏が、当時日本の統治下にあった南洋群島(サイパン島等々)や台湾で国産コーヒーの栽培を夢見て、大正15年に日本で(株)南洋珈琲を設立しました。そして、ハワイ島コナからコーヒーの豆を持ち帰り、サイパン島だけでなくロタ島にもコーヒー農園を造り、栽培しました。約100年前の出来事です。

その後、太平洋戦争が勃発し、1944年の米軍によるサイパン島陥落と同時に放置され、それがロタ島の山奥で野生化し、人知れず世代を繋ぎ生き延びてきた、という奇跡のコーヒーです。そして、2018年に我々がそれを見つけ出し、今、そのコーヒーの若木が日本の青梅市にあるという巡り合わせ。さらに、このストーリーには未だ先があります。

現在、(株)南洋珈琲は存続していませんが、その血筋を引く会社はあります。東京にある飲料や嗜好品を取り扱っている(株)エム・シー・フーズという会社です。すなわち、(株)エム・シー・フーズの前身が住田多次郎氏の設立した(株)南洋珈琲という訳です。

だから、これらのコーヒーの若木を住田多次郎氏ゆかりの(株)エム・シー・フーズに差し上げることにしています。きっと住田多次郎氏もそれを望んでいると思います。そして、その後、これらのコーヒーにどんな新たなドラマが待ち受けているのか、楽しみです。


■KFC photo Libraryから最新情報(2025/01/07)

新年ということで、KFCフォト・ライブラリーからほのぼのとする写真を紹介しましょう。

テニアン島のネコ玉です。親猫にくっ付いて4匹の子猫が無防備で眠っています。撮った場所は、今は閉鎖されたテニアン・ダイナスティ・ホテルのバックヤードで人気のないスペースです。

この写真は北マリアナ諸島のテニアン島でトライアスロン大会を開催していた頃(2000年~2015年)の写真です。おそらく20年ほど前の写真と思います。テニアン島とはサイパン島の約5km南に位置し、80年前に米軍のB29爆撃機が原子爆弾を搭載して広島と長崎へ飛び立った島として世界的に有名な島です。

戦前は日本が統治し、戦後は米国に統治が移りました。現在もテニアン島の北半分は米軍の管理地です。米国が80年ぶりに投資し、対中国の防衛ラインの一つとして、最新の軍事基地として整備を始めています。ここでの軍事演習には同盟国である自衛隊が参加することもあります。


■新年、明けまして、おめでとうございます。(2025/01/02)
-- A Happy New Year to All --

1)--昨年の12月7日(土)に開催されたサイパン島一周100km自転車レース「Hell ob Marianas」に招待された小沼美桜選手から参戦レポートが届いたので、特別版レポートに掲載します。その参戦レポートは【こちら】をご覧ください。
因みに、小沼選手(青梅市サイクリング協会所属)は青梅7中自転車部OBで現在は菅生高校1年生です。

2)--2017年からロタ政庁と一緒に取り組んできたロタ島伝承のマウンテンコーヒー(実は、100年前に日本人が植えたコーヒーだった)を見つけ出し、それで島の経済を活性化しようという壮大な計画「ロタコーヒープロジェクト最新版」はあと一息のところまで辿り着いています。仕上げには、サバナコーヒー農園にさらに2000本の若木を移植する必要があるのです。しかし、そのための鹿よけフェンス購入資金がなく、米国へ資金援助を申請中の状態にあります。

3)--我々KFCが過去約30年間に亘ってサイパンと続けてきた民間交流、それを昨年2月から青梅市との友好都市に格上げできないかと両市に提案しました。サイパンは身近な英語圏であり、日本と価値観を同じくする同盟国(米国)の一員です。将来、青梅市民にとっても、サイパン市民にとっても、必ず有意義な交流になると確信しています。今後、その成就までの紆余曲折の過程を、このサイト上で公開していきたいと思っています。最新版レポートは【こちら】をご覧ください。

4)--今、日本を取り巻く安全保障環境が非常に悪い。プーチンのウクライナ侵攻に端を発するバタフライ・エフェクトだ。イスラエル対パレスチナの戦争、その後の北朝鮮によるウクライナ侵攻への参戦だ。昨年の米国FBIの報告書によると、北はサイバー攻撃で日本からも500億円ほどの暗号資産を奪い取り、核開発に充てているという。さらに想定外は韓国の政治の空洞化だ。中国による台湾危機も依然として存在したままだ。それなのに平和ボケの日本は外交・安全保障よりも裏金問題に時間を割いてきた。平和あってのスポーツ、我々下々にとっても、対岸の火事ではない。

5)--2025年度のイベントスケジュールは【こちら】をご覧ください。


■2024年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2023年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2022年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2021年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2020年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2019年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2018年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2017年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2016年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2015年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2014年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2013年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2012年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2011年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2010年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら
■2009年の「週刊KFCトライアスロンクラブ通信」はこちら