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北マリアナ諸島(ロタ&テニアン&サイパン)
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スーパー台風YUTU直撃、その後のサイパン情報(2019/01/08)

昨年の10月26日未明にスーパー台風26号(現地名YUTU)がサイパン島南部とテニアン島を直撃し、 我々が1年がかりで準備したアイアンマンサイパンを吹き飛ばしただけでなく、2か月半経った今もサイパン島はそのダメージからの復興が道半ばにあるということです。

以下は、昨日現地の友人4人から聞き取った情報です。公に発表されている情報とは少し違いがあります。

・サイパン島の北部と中央部はほとんど回復していますが、被害の大きかった南部に関しては、水道は復旧しましたが、未だに電気・電話・インターネットが 使えない状況にあるということです。

・家屋が全損した家は米国政府からテントが支給されているということです。しかし、上流階級ではない一般peopleは身を寄せ合って協力して 暮らしているということです。

・ホテルに関しては、我々が10月に泊まったアクエリアス・ビーチタワーは未だに壊れたままだそうです。また、被害の深刻な島最南端にある韓国資本のコーラル・オーシャン・ポイント・リゾートクラブ(COP)も まだ壊れたままで、復旧工事がされていないということです。これまた韓国資本のパシフィック・アイランド・クラブ(PIC)とワールドリゾートは営業を 開始しているということですが、一部のみのオープンでほとんど客がいないと言うことです。当然、プール施設は使用できません。

・韓国と中国からの飛行機はほぼほぼ台風前に戻ったということですが、両国ともに乗客数は少なく、台風前に回復していないということです。特に韓国人は台風前と比べたら大きく減ったと いうとこです。因みに、1997年のアジア通貨危機直後の韓国通貨危機の時は、韓国からの観光客がある日を境に完全にゼロになり、韓国系のホテルもなりふり構わずあっという間に全部引き上げたという 珍事がありました。国民性なのか、韓国人ツーリストはオセロゲームのような皆一様の動きをします。今も空港前に放ってあるセメントむき出しの建物(建設中のホテル)はその時の名残というか、置き土産です。

・全体の観光客数は現在50%くらいに回復しているということです。回復率は、中国人が一番で、その次に韓国人だそうです。これまで派手なオープンカーのレンタカーが島中を走り回っていましたが、今は皆無だそうです。レンタカー屋は青色吐息と聞いています。因みに、日本人観光客は元々ダイレクト便がなかったので、 台風前からほとんど訪れていません。

・サイパン島中央部ガラパン地区に建設中だった中国資本の巨大なカジノ付きホテルの建設工事が止まっているということです。そして、韓国企業へ売りに出されたということです。 おそらく、台風ダメージでカジノ客が激減したことや労働力の確保の困難さに加え、トランプ大統領による米中貿易摩擦やファーウェイ副会長逮捕事件の影響が大きいと推測できます。なぜなら、トランプが 米国領への中国人観光客の入国を厳しくすれば、米国領であるサイパンへ中国人は入れなくなり、島での投下資本の回収が不可能になるからです。習近平にとって、アメリカを思うがままに食い物にできたオバマ前大統領と違い、トランプはタフでリスキーと感じているはずです。

・韓国も中国も、昨年10月のスーパー台風でサイパンへの投資リスクに初めて気が付いたようです。この動きが韓国と中国とに一辺倒だった近年のサイパンに凶と出るのか、吉とでるのか、今後の展開に注目です。

・朗報もあります。6月からの定期便就航に向けて、3月後半からスカイマークがチャーターベースで成田〜サイパン便を運航させます。 もうすでにサイパン空港のレンタルスペースの契約もなされており、実現は確実と思います。 サイパンには、昔から「この目で見るまでは信用できない」という賢者の言葉がありますが、今度は大丈夫そうです。今、我々ができるベストの支援はサイパンへ観光で訪れることです。我々もスカイマークを利用して遊びに行こうと思っています。


ロタコーヒー農園復活プロジェクト情報(2018/06/26)

昨年からロタ政府と我々KFCとで行っている「ロタコーヒー農園復活プロジェクト」に関して、 先週22日(金)に現場責任者の デビット・カルボさんから驚愕に値する最新情報が届きました。

【力強いロタコーヒーベルトの発見】
添付メールで青くたわわに実った若いコーヒー木の写真(右上写真)が何枚も届きました。その写真は6月19日(火)にシナパロ地区のアイサングという ジャングルへ野生コーヒーを調査に行った時に撮った写真だと云いいます。

その場所は標高360m〜450mの深いジャングルの中ということです。 その辺り一帯を隈なく調査し、小さな木を除いて、144本のたわわに実を 付けている野生のコーヒー木を発見した。因みに、未成熟コーヒー木は500本以上はあると云うことです。さらにその尾根沿いの奥には 同じような野生コーヒー生息地があると云うことです。

これは凄い大発見です。力強いロタコーヒーベルトの新発見です。この地域は今まで70年間ほど人が踏み入らなかった深いジャングルです。 昔からその辺りにコーヒーが生息しているという噂はあったのですが、誰もコーヒーを価値あるものと思わず、そのままずーっと今日まで放ったらかしにされていたのです。

ところが、「ロタコーヒー農園復活プロェクト」の発足を機に野生コーヒーの調査の一環として、デビットたちが初めてそこに分け入ったと 云うことです。まさに金鉱脈を発見したのです。

そして、今現在(6月)、この青いコーヒー豆が育っていると云うことは、ロタでは年間に2回収穫できると云う噂は本当かもしれません。 なぜなら、今年の1月頃にこの場所の近くで赤く実ったコーヒー豆(右下写真)を収穫しているからです。

【ロタコーヒー生産協同組合の設立】
その大発見を受けて、直ちにロタコーヒー生産に関して共同組合を設立したというドキュメント(書類)も届きました。 設立日付は6月21日になっています。すなわち、コーヒーベルト発見の2日後です。彼らの衝撃ぶりと興奮ぶりが手に取るようにわかります。 そして、その書類には親しい友人たちの名前が理事として列記してあります。

彼らをよく知っているだけに一抹の不安もあります。農業は時間のかかる地味な仕事、身の丈を越えないように、地に足を付けた仕事をしないと失敗します。 ここから先、浮足立って、あらぬ方向へ行かないようにしっかりとリードしないと、です。

何事にもゆっくりおっとりのロタ島民にしては、このコーヒー農園に関する復活プロェクトは異例のスピードで進捗していると感じています。 彼らもようやくここにきて、このプロェクトの価値を認識できたようです。現在、どん底にあるロタ経済を復活させられるだけの力を持ったプロジェクトだからです。

彼らと25年間付き合っていますが、トライアスロン大会を除いて、 こんなに迅速に働くのを見たことがありません。

【次のステップ開始】
この報告を受け、次のステップとして、最初から関わっているデビットとガスの二人の現場技術者をハワイ島のコナにあるコーヒー農園に 派遣して、 主に収穫から焙煎までの作業を学んでもらおうと思っています。

と云うのは、ハワイ島のコナコーヒーとロタコーヒーはその生育環境がよく似ているから、知識を学ぶには持ってこいと感じています。 それに、どちらも英語圏なのが都合が良いと思います。 そして、今、ロタに一番必要なのは、コーヒー栽培に関する諸々の知識です。

その後、間髪をおかず、大西の考えに応じて、デビッドとガスの二人ともがハワイ島のコナへ勉強に行きたいと返事してきました。

しかし、栽培に関しては、当面の間、今のままの自然農法でやって、邪魔な雑木を切り倒したり、そこへ行く導線の道を造るくらいで、 大きく手を加える必要ないと思っています。

【Old Spanish Documents】
なぜなら、 先月、ロタ島出身の米国下院議員キリリによって、首都ワシントンDCにある国会図書館で見つかった93ページにも及ぶロタコーヒーに関するスペイン文献(右写真) で、スペイン統治時代の1879年に書かれた書類に ロタ島にはコーヒーがよく育つ場所があるという記述があるからです。

すなわち、1879年から今日まで、100年以上の長きに亘って無農薬(オーガニック)で、右写真のようにたわわに実を付け、その営みを繰り返し、 現在に至っていることがはっきりしているからです。コーヒー栽培に最高の自然環境がそこにあるということです。

キリリ議員からの、大航海時代のスペイン文献の解読関して、これら93ページの文献は手書き部分が多く、判読不能な文字も多いので、 スペイン本国へ送って、解読をお願いしました。 その後、返事が届いて、スペイン人が見ても判読不能な部分(文字)が多いという。それでも、 急ぎ、判読可能な部分だけを知らせてもらった。 それは以下です。

(1)スペイン統治時代のロタ島でコーヒーのテスト栽培がおこなわれていたと云うこと。その結果、栽培に適した場所とそうでない場所とが はっきり分かったと 書かれてあったこと。だから、ロタコーヒーはスペイン統治時代(1521年〜1898年)からあって、ロタ島民や我々が 考えていた日本統治時代のものでは なかったということがはっきりしました。と云うことは、スペイン人によって、少なくとも139年前には 栽培されていたと云うことです。

(2)この文献はロタの農業に関する役人の報告書で、ロタ役場→グアム役場→フィリピン政府→最終的にはスペイン国王に宛てたもの。 当時、 ロタを直接統治したのは グアムのアガット村にあった役所、その上は、スペイン統治のフィリピン政府、そして、 その上がスペイン本国の国王という指揮命令系統となっていました。

あの大航海時代に書かれたスペイン統治時代のコーヒーに関する文献が見つかったり、70年以上深いジャングルの中で眠っていたロタコーヒーベルトが発見されたりして、 大西が25年前にジェリーカルボさん宅でご馳走になった一杯の自家栽培コーヒーが発端となり、四半世紀を経過して、 ワクワク感いっぱいのおもしろいことになってきました。


北マリアナ諸島の航空機事情(2018/06/12)

今年(2018年)に入って、日本〜サイパン間を中心とする北マリアナ諸島への航空機事情が大きく変化しつつあります。 最大の原因はサイパンにおける日本と云う国の存在感の低下です。それにプラスして韓国と中国の存在感、世界的なLCCの台頭、 機材の小型化によるパイロット不足等々が挙げられます。

かつては日本の3都市(成田、大阪、名古屋)からデイリーでJAL便が飛んでいました。ところが徐々に減便され、2005年に最後の 砦(成田〜サイパン間)であったJAL便が撤退してしまいました。そして、今年2月6日、最後まで残っていた デルタ便(成田〜サイパン)も5月6日をもって撤退を発表しました。結局、現在はダイレクトにサイパンへ行く方法は皆無と なってしまいました。

日本とサイパンとは特別に濃い関係にあります。戦前の約30年間は日本の統治下にかった場所で、戦時中は多くの日本人が亡くなっています。 そのため、2005年には天皇皇后両陛下も慰霊に行かれた場所です。それなのに、こんな日がやってくるとは夢想だにしませんでした。 これらの過去の歴史的な関係を考えると、日本政府はナショナルフラッグであるJAL便を復活させるべきだと思います。と云っても、 サイパン側から不要と云われれば、別ですが・・。

その後の動きとして、デルタ撤退後の5月に日本のスカイマークがサイパンへ運航することが決まりました。しかし、デルタ航空に 代わってすぐに飛べるわけではありません。先ずは12月からプログラムチャーター便として運航を徐々に始め、正式に定期便として デイリー運航するのは2019年5月からと云うことです。

さらに、現地ローカル路線(グアム島〜ロタ島〜サイパン島)に関しても、6月1日をもって、 ユナイテッド航空(45人乗りプロペラ機材)が撤退してしまいました。その代わりとして、同じくユナイテッド航空が同日の6月1日から グアム〜サイパン間を160人乗りジェット機材を運航させました。

この結果、グアム〜サイパン間の往来は相当に便利になりましたが、ロタ島が南海の孤島となってしまいました。サイパン〜ロタ間 をローカルエアーのスターマリアナスとアークティックサークルの小型機(7〜9人乗り程度)が定期便で運航しています。でも、 我々観光客の日本人が利用するには心もとないと感じています。

それらの対策として、現在の貧弱な現地ローカル路線に関し、グアムのブルーミクロネシア航空(36人乗り)や スターマリアナス(30人乗り)が運航を検討しています。でも、実際に飛ぶまでは分かりません。


ロタコーヒー農園復活プロジェクト情報(2018/06/04)

先月、ロタ政府と我々KFCとで行っている「ロタコーヒー農園復活プロジェクト」に関して、驚くべき情報が舞い込んできました。

ロタ政府のDNML(動植物自然資源保護管理部署)のカルボさんからアメリカの首都ワシントンにある国会図書館(アメリカ議会図書館)で 昔のロタコーヒー栽培に関する文献(93ページ)が見つかったと云うのです。そして、その驚くべきはスペイン語で書いてあると云うこと。

すなわち、スペイン統治時代の文献と云うことです。と云うことは、何と、あの大航海時代の文献です。壮大なロマンを感じ、わくわくします。

これまではロタ島民たちも、我々も、現在ジャングルに生息しているワイルドコーヒーは日本統治時代に日本人が栽培を始めたコーヒーの 生き残りと聞いていたし、当のロタ島民たちも伝承でそう信じ込んでいました。それが覆ると云うことです。だから、彼らにとっては、スペイン語の文献の存在は驚愕に 値する発見だったのです。

では、なぜ、この文献がワシントンの国会図書館で発見されたかと云うと、ロタ政府の依頼でロタ島出身の米国下院議員キリリさんが ロタコーヒー栽培に関して調査した結果ということです。

翻訳はこれからの作業ですが、ざっくり見た限りでは、おそらくこの文献はロタの農産物の種類や生産高を、その当時グアム島のメリッソ村に あったスペイン人の知事(統治者)に報告したものと思われます。すなわち、スペイン本国へ向けた農業生産物報告書ではないかと思われます。

また、この文献には、“1879年” “MARIANA” “MERIZO” “米” “砂糖” “コーヒー” “輸出” 等々の文字が読み取れます。 それに、農夫個人個人の収穫表のようなリスト部分もあります。

そして、この文献を理解するためには以下のマリアナ諸島の簡単な歴史を知ることが必要です。

・1521年
探検家マジェランによってグアムが発見され、スペイン統治時代が始まる。その当時はグアム島最南端のアガット村辺りに行政の中心が置かれ、グアム、テニアン、サイパン、ロタをスペイン人の知事が統治していた。いわいる、大航海時代です。

・1898年
米西戦争に敗れて、ドイツに売却。ドイツ統治時代が始まる

・1914年
第一世界大戦勃発時に日本がドイツから無血占領。日本統治時代始まる。

・1947年
第二次世界大戦終結により国連信託統治領となる。

・1978年
米国自治領(CNMI)となる。

なお、北マリアナの詳細歴史は【こちら】をご覧ください。


成田〜サイパン路線、デルタ撤退(2018/02/11)

2月6日午後、5月6日をもって、デルタ航空は現在運航中の成田〜サイパン路線の運行から撤退すると発表した。詳細は【こちら】をご覧ください。

この路線の搭乗率は100%近くあり、赤字を理由に撤退する訳ではないとデルタは云う。将来的には不安定な状況にあると云うのが 撤退の理由だと云う。誰が聞いてもおかしな話だ。真の理由は別の所にあるのだろうが、企業判断だから仕方がない。

近年、デルタは理由も示さずこの路線の運航をキャンセルすることが多々あった。おかしいなぁ、もしかしたら撤退するのでは、 と感じることもあった。昔から大西は直感で生きている人間、この手の感は過去に何度も的中している。

しかし、理論的に考えると、利益率はデルタの全路線の中でもトップクラスだ。だから、ビジネス的には、それは決してないという 結論だった。しかし、理論と直感は往々にして相反することが多い。やはり、直感は正しかったということだ。

このままだと日本とサイパンは近くて遠い島になってしまう。なぜなら、現在、日本とサイパンをダイレクトで飛んでいるのはこのデルタ便以外にはないからだ。 でも、目の前に客がいて、路線が空と云うことになれは、 LCCに限らず参入に手を挙げる航空会社が出てくるはず。

2005年10月、JALはそれまで運航していたサイパン路線を撤退した。原因はJAL本体の長引く経営難だ。その後、 2009年にJALは破綻してしまった。でも、15年経った今、JALの状況は全然違う。JALがサイパン路線に復活するには絶好の機会だ。

それにサイパンと日本は歴史的に特別な関係にある。太平洋戦争以前の約30年間は日本が統治していたという特別な過去がある。 そして、2005年6月に天皇陛下が慰霊のために訪問されている。その時の様子は【こちら】をご覧ください。

その時に以下のような出来事があった。 それは日本とサイパンの関係をよく現してる。その出来事は【こちら】をご覧ください。

今、日本国民の一人として、また、日本政府の責務として、ナショナルフラッグであるJALを日本〜サイパン路線に 復活させるべきであると信じる。そして、それは日本の国益に十分適うものである。


サイパン、スーパー台風直撃A!!(2015/08/12)

8月10日(月)、サイパンの友人エドから「NEED HELP」と題したメールが届きました。

台風13号の被害で、8月3日以来、電気・水道等々の必須インフラが壊滅状態にあります。 直後からアメリからFEMA(アメリカ合衆国連邦緊急事態管理庁)の救援隊が入っていますが、警察や消防などの政府機関や病院が優先され、 民間まで手が回らないのが現状の様です。

そんな状況下、困り果てたエドがポータブル・ジェネレーター(家庭用発電機)を 送って欲しいと大西にメールしてきたという次第です。ところが、運悪く、大西は翌11日から実家の兵庫県加古川へ帰省を予定していました。

エドは、急を要すので、航空便で送って欲しいと云う、当然です。だから、青梅のカインズホームでYAMAHAの発電機を買って、 約700q離れた実家へ持って帰りました。翌日、加古川から送れば良いと安易に考えていました。

ところが発電機はそう簡単に送れないことがわかりました。加古川郵便局本局へ持って行くと、発電機は送れないと云う。

それで、加古川の平岡町にある日本通運へ電話すると、国際航空便に関しては神戸の日通へ電話してくれと言う。そこへ電話すると、 日通の航空便では個人から個人へは荷物は送れないとか、発電機は経済産業省の承認が必要とか、杓子定規な回答に終始。

埒が明かないので、 それでは船便はどうかというと、船便担当部署の電話を教えてくれました。そこへ電話しましたが、結局、同じような誠意のない、迷惑そうな対応に終始。 台風13号で壊滅的な被害を受けているサイパンの友人が必要としている発電機だと話しても、杓子定規は変わらない。 我々下々の力の無さを痛感しました。

4年前の東日本大震災の時は世界中から助けてもらった日本。それが今、被災地サイパンへ発電機一つを送れないのは、 腹立たしいやら、情けないやら、恥ずかしいやら。エドに申し訳ない。

まるで、虎の威を借りながら平和を享受しているにもかかわらず、世界平和には貢献しないと云う身勝手な日本の姿そっくりだ。情けない。

【追記】---その後、いろいろ手を尽くして、ようやく9月上旬に横浜港から協和海運で発電機を送ることができました。でも、手続き上は、 大西がエドへ輸出したという形になり、通関手続き等々を踏まねばならず、一筋縄ではいきませんでした。

でも、9月中旬には無事にエドの手元に届きました。大西にしても、発電機などいつまでも車に積んでおく訳にもいかず、 めでたし、めでたし、でした。


サイパン、スーパー台風直撃@!!(2015/08/05)

8月3日、サイパン島をスーパー台風(台風13号)が直撃し、甚大な被害を出しています。我々が知る限り、過去25年程の間、サイパンは これほど大きな台風に直撃されたことはありませんでした。

サイパンの友人に連絡を取っても、電気等々のインフラが復旧しておらず、連絡が取れません。そこで、政府観光局ならと思い、 連絡を取ってみました。案の定、電話はつながりました。

親KFCのマーチンによると、 ビーチロードのヤシや松の木が8割ほど倒れたり、吹っ飛んでしまったそうだ。家屋の崩壊も多かったと云う。風だけでなく、雨もすごかったと云う。 道路は倒木で通行不能だが、ホテルや空港は比較的被害は小さかったと云う。そして、幸いなことに怪我人や亡くなった人は皆無と云う。

また、ロタ、テニアン、グアムはほとんど被害がなかったと云うことです。


4年に一度のビッグイベント”エレクション”(2014/11/04)

本日は、北マリアナ諸島(主にサイパン、ロタ、テニアンを云う)における4年に一度のビッグイベント、すなわち選挙の日です。

3島を統括する北マリアナ諸島のガバナー(知事)、上院議員、下院議員、それにサイパン、ロタ、テニアンの各島のメイヤー(市長)を決める 選挙です。

北マリアナはUSテリトリーです。それ故、知事や市長は小さな米国大統領なのです。すなわち、米国大統領選と同じく、"all or nothing"方式で、勝者は全ての権力を得、 敗者は何もなし、惨めなものです。

そして、勝者は自分の選挙を応援してくれた人や自分の息の掛かっている人間を政府の重要ポストに 就けます。それに役人(公務員)のトップも自分の派閥にすべて入れ替えてしまいます。そうすると、 自ずとその部下も上司の意のままになる者と入れ替えが行われます。

これらの島では公務員は皆の憧れの仕事です。なぜなら、確実に給料はあるし、後々には年金もあるからです。それに、仕事はノルマもなく、 民間企業と比べると楽です。

よって、有権者はどちらの候補者を応援するかが、非常に大切で、今後の4年間の自分の将来が決まります。

だから、北マリアナの選挙は島民にとって、非常に大切なイベントなのです。投票率は優に95%は超えます。 それに選挙日は島中が興奮しているので、アルコールの販売も飲酒も禁止になります。

因みに、前回は2009年11月23日に行われました。前回の様子は「こちら」をご覧ください。


悲しいお知らせ(2014/05/11)

5月6日、突然悲しいニュースがサイパンから飛び込んできました。そのニュースは「昨日(5日)、 セレナダイビングショップの林さんが亡くなりました。」 と云うものでした。ただただビックリ、言葉がでませんでした。原因の詳細は不明ですが、心筋梗塞と聞いています。

林さんとの付き合いは長く、1994年のロタブルートライアスロン大会立ち上げ当時から海関係で力を貸してもらっています。

一昨年はロタの友人ジェームスの息子マニエル君、昨年はジェームス・アタリック、そして、今年は林さん・・・ 皆、突然帰らぬ人となってしまいました。残念です。

葬儀は明日朝現地ロタで執り行われます。

このニュースを受けた直後にホームページに掲載し、林さんのお知り合いの皆さんへ発信すべきだったのでしょうが、 なかなか筆が進まず、葬儀日の前日に なってしましました。


KFC Rota Coffee農園から初収穫あり!(2013/09/17)

先日、ロタのビアータ・カルボから連絡があり、「KFC friendship Coffrr Farm」から、 少ないながらも、初めてコーヒー豆の収穫があったと云うことです。

今年4月にコーヒー農園造りにロタを訪れた時には、ビアータに頼んでおいたコーヒー苗が小さ過ぎて、農園に植えることが できませんでした。その代りにビアータの育てていたコーヒー木を、数本ですが、植えてきました。その木は50〜100pほどの背丈に 育っていたので、 これほど短期間に収穫ができたという訳です。通常、早くても2年は要するらしいです。

再来月(11月)にロタブルー・トライアスロン大会の運営に訪れた際、その後にビアータの庭で育っている多くの苗木を農園に 植える予定にしています。だから、今年はトライアスロンの運営スタッフとは別に、コーヒー農園作業スタッフも同行します。

さてさて、自分たちのコーヒー農園に、自分たちの手で植えた苗木から収穫したコーヒーはどんな味がするのでしょう、 飲むのが楽しみです。これぞ、究極の贅沢かもしれません。


悲しいお知らせ(2013/08/06)

昨日、ロタのジェームス・アタリック(写真右端)が突然亡くなりました。彼には日本人の友達が非常に多いので、 あえてこのトッピクスという場で、彼の死を彼の友人の皆さんにお知らせするものです。

現時点では、死因は心筋梗塞か脳溢血か、はたまたそれ以外なのか、定かではありません。昨日の朝、ロタの自宅で倒れていたのを 家族によって発見されました。

彼はロタの古き良き時代、すなわち、1980年代、1990年代のパオパオホテルが全盛期であった時代を、パオパオのスタッフとして 生き抜いいたチヤもロ人 です。超の付くほどの親日派で、日本語が堪能で、人懐っこく親切で、ロタを訪れた多くの日本人の世話を親身になってしています。 お客さんとして、また、個人的な友人として。そのため、未だにジェームスを慕う日本人はたくさんいます。 因みに、彼の奥さんは日本人のチエさんです。

もちろん、我々KFCとも非常に親しい関係にあります。信頼できる特別な友人の一人で、20年前のロタブルー・トライアスロン 立ち上げ時からの長い付き合いです。本当に惜しい友人を亡くしました。

我々KFC一同も、ジェームス・アタリックのご冥福をお祈りいたします。


突然のフィッティエル知事辞任(2013/02/23)

今月20日にベニグノ・ フィッティエル知事が辞任した。2006年からマリアナ政府の知事を務めていたが、2期目の任期を全うせず、 途中辞任という突然の退任劇だった。因みに、1期は4年間である。

原因は、その地位を利用しての汚職や職務の怠慢に対し、3月7日に開始予定のフィッティエル知事への弾劾裁判にある。 すなわち、弾劾されることを恐れたのだ。リーダーとしてあまりのひどさに島民の怒りが爆発したのだ。 弾劾裁判はマリアナ史上初めての出来事である。

そして、この弾劾裁判を直前に辞任したことで、結局、裁判はキャンセルされた。裏で議会側と取引があったのかも知れない。

2006年にフィッティエが知事に就いて以降、マリアナ(主にサイパン、ロタ、テニアンを指す)は混迷と衰退の一途を辿ってきた。 これには世界情勢の影響もあるが、彼の責任は大きい。日本の民主党政権時代と相通じるモノがある。

今後、新知事は副知事だったイロイ・イノスが務めることになった。 彼は前ロタ市長ジョセフ・イノスの実弟だ。政治能力は未知数だが、 フィッティエル知事よりはましだろう。フィッティエルの退場はマリアナにとっては久々の朗報だ。

どこの国でもリーダーの資質は大切だ。「政治はその国の国民を映す」と言う。有権者がアホだと国は亡びるということを肝に銘じて欲しい。 我々日本人も他人事ではない。


両極にあるテニアンと沖縄(2013/01/07)

オバマ大統領がアジア重視の戦略を宣言した事や鳩山の普天間国外移転発言、それに沖縄の米軍基地反対運動を受けて、それ以降、 テニアンが俄然注目されている。それ以前は、世界から久しく忘れ去られたような島だったのに・・・。

これを敏感に感じ取ったテニアン市長デラクルズは米軍で島の経済を活性化しようと考え、最近はグアムにある米軍アンダーソン基地へ足繁く通っている。 実際、これと云った産業のないテニアンでは米軍は大きな経済効果が期待できることは間違いない。

デラクルズ市長だけでなく、もちろん、テニアン島民も米軍の駐留は大歓迎である。因みに、太平洋戦争終結以降、今なお、 テニアンは島の北部3分の2が米軍の演習地に占領されているという特殊な状況にある。

昨年(2012年)の前半、米軍(と言っても、正確には海兵隊)はテニアンにある米軍所有の演習地で軍事訓練ができるように道路や滑走路や港などの インフラを整備した。

そして、後半は海兵隊(英語ではMarineと云う)や日本の岩国からやって来た自衛隊(英語ではJapanese Armyと云う)の軍事演習の場となっていた。 現在は、クリスマスのを前にして、全ての軍人は引き上げている状況だ。

日本では毛嫌いされているオスプレイも、テニアンでは何のストレスなく訓練飛行を実施した。もちろん、墜落などはない。最新戦闘機ホ―ネットも爆音を気にすることなく、 離発着の訓練を実施した。

テニアンへ行くと、米軍を誘致したいテニアンと米軍の撤退を叫ぶ沖縄との両極端な立場の違いを考えてしまう。

日本政府から米軍基地を多く持つ 沖縄県への振興費として、今年度だけでも3000億円もの大金を交付された沖縄と、島の活性化のために懸命に米軍の誘致に努力するテニアン、所違えば、 米軍に対する対応も大きく違う。

個人的には、米軍基地反対を叫びつつ、基地の見返りに政府から巨額のカネを引き出すと言う沖縄のやり方には納得できない。本気で米軍基地反対ならば、 基地に勤務する労働者が一斉に辞めれば済むことだ。これで、基地は機能不全に陥り出て行かざるを得なくなる。 基地から給料をもらい、政府からも振興費をらいながら、基地反対を叫ぶのは筋が通らない。

また、先の自民党政権時代、辺野古沖に滑走路を建設することへの代償として政府から400億円もの大金が地元へ支払われている。もちろん、 我々の税金だ。そして、今、建設反対を叫んでいるが、400億円を返還すると言う話は聞こえてこない。

これらを思うと、ピュアなテニアンを応援したくなってしまう。


テニアン島からの最新情報(2012/09/23)

久しぶりにテニアン島市長デラクルズからテニアンの最新情報が届いた。注目すべきニュースは2つ。一つ目はテニアン島北部にある米軍の 管理地で米海兵隊と日本の岩国からやって来た日本の自衛隊とが合同で演習を行っているという。

因みに、米国(外国)では自衛隊のことをジャパニーズアーミーと呼んでいる。 自衛隊を軍隊ではないと可笑しな屁理屈をこねているのは日本自身だけだ。どこの国もそうとは思っていない。

そして、海兵隊や自衛隊の制服組(上官)がテニアン・ダイナスティー・ホテルに宿泊しており、常に満室状態にあるという。まさしく、軍による経済効果だ。

二つ目のニュースは、テニアン・ダイナスティー・ホテルがタイワンチャイニーズ(台湾資本)に買収されたという。因みに、これまでは香港資本だった。しかし、 カジノ営業の許可が完全に下りている訳ではなく、営業はこれまでと同じマネジャーとスタッフで行われているという。

ダイナスティーのゼネラルマネジャー(GM)のトム・リュー(中国人)とも10年の付き合いを経て、ようやく心が通じ合うようになってきたと思った矢先のできごとだ。 ぼちぼち「南の島の仲間たち」の一人に加えようかと思っていたところだ。オーナーが変われば、GMは代わるのが常だ。残念だ。

いつも思うに、南の島に永遠とか安定とかいう言葉はない。常に大小の変化が短いスパンで繰り返されていく。


サイパンエアー就航中止(2012/06/26)

7月1日(日)に成田空港〜サイパン線に新規就航する予定だった新規航空会社「サイパンエアー」から、突然、本日朝に 「米国アリゾナ州のチャーター機材提供専門航空会社スウィフトエアー社が契約通り航空機を調達することができなかったため、 本日6月25日をもってサイパンエアーの全運航予定(東京、大阪、北京、瀋陽とサイパン間)を無期限にて延期することが決まりました。」と 連絡が入りました。

なぜ、直接、このような連絡入ったかと言うと、7月1日の記念すべき就航便にKFCの大西が招待されていたからです。

JTBやHISはすでにサイパンエアーで募集を掛けており、業界からの信頼の失墜は免れません。今後のサイパンの観光産業を考えると、 非常に厳しい状態に陥りました。

親サイパン派のKFCにとっては非常に残念です。且つ、非常に心配です。そして、サイパンの友人たちの今後も心配です。 サイパンの人たちの期待が大きかっただけに、ショックも相当なものと思います。

表向きの原因は、機材のレンタル契約を交わしていた「スイフトエアー」社が、ここに来て機材を調達できなくなったという何とも間抜けな話です。

しかし、本当の原因は別の所にあるように思えてきます。


サイパンエアー就航(2012/06/12)

グアム、サイパンを中心にホテル事業や航空貨物事業などを展開しているタン・ホールディングが新規航空会社「サイパンエアー」を設立し、 来月から日本〜サイパン間を運行開始します。本社はサイパンです。

7月1日からは成田〜サイパン便をデイリーに、続く、8月1日からは関西空港〜サイパン便を デイリーに運行します。その後、将来的には名古屋〜サイパン便も運航させると云うことです。

現在はデルタ航空が成田〜サイパン便をデイリーで運行しているだけで、大阪と名古屋からはサイパンへ行く手段はありません。 マリアナ(サイパン、ロタ、テニアン)の観光産業を考えた時、日本の3大都市からのアクセスはどうしても必要という理由から「サイパンエアー」が 設立されました。

我々がマリアナで開催するスポーツイベントを考えても、ロタはグアム経由が使えますが、サイパンとテニアンは成田からのアクセスしかないため、 以前のように多くの参加者を集めるのは不可能な状況です。

それに、デルタ航空1社の独占という理由から競争原理が働かず、航空券は年間通して高値のままでした。その上、常に空席が少ない状態でした。 これではお話になりません。

デルタとしてはおもしろくないでしょうが、 皆(マリアナの人々)の期待を背に「サイパンエアー」には頑張ってもらいたいものです。機材はボーイング757-200(193席)と757-400(150席)が 投入される予定です。気になる運賃に関しては、デルタよりも低めに設定されているということです。

来年のテニアン島のイベント(トライアスロン&スイム大会)にはサイパンエアーを使ってダイレクトチャーター便を仕立てたいものです。


復活したフリーダム航空30人乗り機材(2012/05/10)

昨年の11月から運行を停止していたフリーダム航空の30人乗り機材が5月のゴールデンウィーク前から復活しました。

昔から、この航空会社はサイパン〜ロタ〜グアムの3島をデイリーで運行していますが、過去に何度も機材メンテナンスとか何とか言って運行を 休止してきました。そんな事情で島民たちにの評判は良くありません。

しかし、だからと言って運休されてしまうと、 島民や物資の輸送に支障をきたします。また、観光客も来れなくなり、ホテルやダイビングショップは大赤字になります。

元々乗客の少ないこの路線では、度々運休しても、この航空会社が存続している限り他の航空会社の乗り入れは難しいものがあります。

航空機によるアクセスが生命線のロタには、一刻も早く根本的な解決策が必要とされています。これをしないと、 いつまで経っても同じことの繰り返しが続き、進展がありません。


期待されるロタへのアクセス(2012/03/10)

現地新聞によると、スター・マリアナスというローカル航空会社がサイパン〜ロタ〜グアム間を3月末からデイリーで就航させると発表した。 機材は9人乗り2機を使用し、計18人を運べるということだ。

一方、昨年11月からサイパン〜ロタ〜グアム間はフリーダム・エアーというローカル航空会社が7人乗り機材1機で運行を続けている。それまでは 30人乗り機材をデイリーで就航させていた。しかし、現行の7人乗りでは、島民たちの往来にも、観光客の来島にも、満足に利用できたものではない。 スーツケースなどの 荷物かあれば、3〜4人しか乗れないのだ。

その上、予約ができないので、サイパンのフリーダム・エアー発券カウンターへ行かないことには、その日に乗れるかどうか、分からないのだ。 こんな不安定なモノでは、ロタへのアクセス手段にはなり得ない。実際、昨年11月以降、ロタへの観光客数は約80%減だ。

そこで、ロタの市長や政治家や企業家は信頼できないフリーダム・エアーとの交渉は止め、努力してスター・マリアナスをロタへの足として引っ張ってきたのだ。 スター・マリアナスとは2年ほど前からテニアン〜サイパン間を運行している比較的新しいローカル航空会社だ。

ここに来て、スター・マリアナスがサイパン〜ロタ〜グアム間を就航することが現実味を帯びて来ると、フリーダム・エアーが同航路を30人乗り機材で 就航を再開すると発表したのだ。嘘か誠か分からないが、定期メンテナンスのためと称して、昨年11月から3月まで5カ月間も運休させていた機材での再開を、 なぜ、このタイミングで発表すたのだろうか。

フリーダム・エアーの社長はグアムのローカルだ。これから推測するに、おそらく以下の単純な理由からだろう。フリーダム・エアーはこの路線を独占しておきたいのだ。 他の航空会社が乗り入れると市場原理が働き、 現行の高過ぎると批判の多い料金を値下げせねばならないからだ。

かつて、PIA(パシフィック・アイランド・アビエーション)というローカル航空会社が同航路に就航していた2005年まで、フリーダムエアーは サイパン〜ロタ間の往復航空券を100〜80ドルで売っていた。しかし、2005年にPIAが撤退してからはフリーダム1社になり、毎年のように値上げを繰り返してきた。 そして、今ではサイパン〜ロタ間の往復料金は240ドルだ。6年ほどで3倍もの値上げをした計算になる。

これに対して、島民や観光業者が文句を言うと、機材のメンテナンスという理由で運行をキャンセルするのだ。ずっとこんな事の繰り返しだ。まさしく、 ロタ島へのの圧力だ。これを観光客の多いお盆や年末の時期に行うのだ。単純すぎて意図が見え見え、性質が悪い。こんな事情でフリーダム・エアーの信頼度は低い。

利用者にとっては、競争原理の働く2社の就航が歓迎だ。しかし、今月中に就航と云うことだが、未だ、実際にはどちらも就航していない。 マリアナ(サイパン、ロタ、テニアンのこと)では 新聞発表など、余り信用されてはいない。今月末になって、実際に自分の目で飛んでいる姿を見ないことには、何も信用できないのだ。 それがマリアナなのだ。

因みに、スター・マリアナスの経営陣に、かつて、この航路を就航していたPIAの元社長も加わっており、信ぴょう性はゼロとは言えない。


次の一手、コーヒー農園の販売(2012/02/20)

結局、マニエル君の急性リンパ性白血病の治療費を捻出するためのラッフルチケット販売売上金は僅か5000ドルほどだった。これでは治療費に全然足りない。

1月29日抽選会のラッフルチケットは1区画約270坪の土地2区画を賞品として行われたものだ。 だから1区画に付き2500ドルの集金という計算になる。これでは安すぎてお話にならない。

そこで、次の一手として、残りの8区画の土地にコーヒーの苗木を植え、コーヒー農園として売り出してはどうかと計画している。ジェームス(マニエルの父親)には、 すでにこの計画を伝えてある。

ロタには、70年ほど前の日本統治時代に日本人が植えたコーヒーの木が今なおひっそりと生き続けている。この苗木を植えればいい。

今後必要となる治療費から計算すると、1区画に付き60万円となる。レース用自転車1台分くらい、金額的には全然高くはない。さらに、 マニエル君をサポートできれば、これは納得できる金額だ。

それに、狭いとは言え、マイコーヒー農園は魅力だ。コーヒー好きには自分のコーヒー農園で収穫した豆で淹れたコーヒーを飲むのは格別だろう。 また、コーヒーショップのオーナーには自家製のコーヒー豆ということで店の「売り」になり、魅力的だ。

もちろん、この計画が実現すれば、我々KFCも1区画を購入するつもりだ。だから、残りの7区画が販売に回されるという計画だ。

但し、購入と言っても、マリアナの法律で外国人の我々が所有者になることはできない。99年間の使用権リース契約となる。しかし、99年もあれば十分だ。


ユニークなラッフル・チケット抽選会(2012/02/07)

1月29日、ロタ島にあるラウンドハウスでジェームス・アタリック(ロタの住民)の3男マニエル君(14歳)の治療費捻出を目的に発売された ラッフル・チケット抽選会が行われた。

マニエル君は昨年1月にサイパンの病院で急性リンパ性白血病と診断され、母親チエさんの実家がある東京の病院に入院し、 治療を続けている。そして、完治までには最低でも2年間の入院が必要という診断だ。

その間の入院費と治療費が高額になり、今ある蓄えだけでは支払いのが困難となった。そこで、その費用を捻出すためにジェームス所有の ロタの土地2区画を賞品としたラッフル・チケットを発売したという次第だ。因みに、このチケットは1枚10ドルで、何枚でも購入できる。

・抽選会の模様はこちらをご覧下さい。

因みに、当選者は1人がサイパンのローカル、もう一人がロタの人と結婚している日本人に当たりました。


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