ベイブリーズ・レストラン&バー / ソンソン村
ダイビングショップ「ダイブロタ」(現在閉店)の向かいにあるレストランで、
イーストハーバー(ロタブルートライアスロンのスタート会場)に面した抜群のロケーションを持つ。
当然、100%オーシャンビューである。
2002年12月の超大型台風「ポンソナ」で全壊したが、
2003年11月14日(ロタブルー・トライアスロン大会前日)に再び営業を始めた。
リーズナブルな値段で現地の家庭料理がいろいろ食べられる。
特にオススメは「ベイブリーズ・ミール・スペシャルズ」のスパイシー・チキン、
約7ドルでライスとサラダが付いている。味もボリュームも申し分ない。
難点は、注文してから料理が出てくるまで30分以上かかることである。
しかし、ロタのレストランはどこともそれくらいの時間はかかるので、余裕を持って臨まないといけない。
グループの場合は、皆がバラバラの注文をしないことが、早く料理にありつけるコツだ。これはロタだけでなく、南の島のレストラ
ンならどこでも当てはまることだ。
ここのオーナーはエド・マラチタといい、スグ隣で肉屋もやっている。
現在(2006年1月)はマリアナ政府観光局の理事も務めている。
ピッザリア / ソンソン村
以前は「フィガロア」という店舗名だったレストラン。
ピザやタコスやスパゲッティなどメキシカン風料理が主であるが、
Tボーン・ステーキや焼き飯、ラーメン、サンドイッチなども食べられる。
また、マシュルーム・スープやアスパラガス・スープもあり、これがなかなかイケル味。
KFCオススメは「ルタ・チキン・プラッター」というチキンをチャモロ風に焼いたもので、
野菜、ご飯がたっぷり付いてで、確か11ドルくらいである。
アルコール類に関しては、ここがロタで一番充実している。
店内の壁には、開店当時から客が来店記念に書いた落書きで埋め尽くされている。
ナニーズ・レストラン / ソンソン村
2008年にオープンした新しいレストランだ。メニューはロタの家庭料理といったところだ。ローカル料理の代表「ケラゲン」や「カ
ドンピカ」もある。
これらはどこのレストランでも食べることができるという料理ではないので、ぜひ、試してみては。美味しい。
「ケラゲン」という料理は、ビーフ・ケラゲンとチキン・ケラゲンとシュリンプ・ケラゲンがあって、それらの肉を軽く湯どおしして、
ココナッツや玉ねぎを混ぜて、酢でマリネしたものである。さっぱりとして、暑い島では好んで食べられている。KFCのお勧めは、ビーフ
・ケラゲンかシュリンプ・ケラゲンだ。
「カドンピカ」という料理は、ぶつ切りにした骨付き鶏肉を醤油と酢、それに、唐辛子をたっぷり入れて時間をかけて炊いたものである。
日本人の口に合う。美味い。
それ以外にも、一般的なハンバーグ、カレー、チキンの唐揚げ、海老フライなどもある。しかし、味付けはローカル風味だ。だから、ローカルのお客
さんが多い。値段は5〜10ドルくらいで、リーズナブルだ。
フィナデ二・ソースも貰うとよい。このソースも家庭の味で、どこの家庭にも自家製が食卓に置いてある。醤油に唐辛子、カラマンシ―、玉ねぎ
など加えたもの。辛いが美味い。マリアナ諸島では、どこのレストランでも、フィナデ二はタダでくれる。
トンガ・カフェ / ソンソン村 【現在閉店】
トンガケープの近くにある小洒落たレストラン。
オーナーはエイコさんという現地の人と結婚された日本人。
この島の食材を上手く使って、日本人の口に合う味付けにアレンジしてある。
値段はちょっと高めだが、ロタでは一番ランクの高いレストラン。
他のレストランとは違って上品な料理を出してくれる。
昼間も悪くはないが、夜の雰囲気は最高!日本からの撮影グループが来た場合は必ずここを訪れる。予約を入れてから行く方がよい。
日本語OK。
2008年11月に閉鎖になった。現在、エイコさんはグアムに住んでいる。
マミーズ・キッチン / ソンソン村 【現在閉鎖】
ランチ弁当のテイクアウト専門の店。現地の家庭料理そのままという感じで、
客の大部分が役所や会社で働いている現地の人、昼食を買いに来る。
肉、魚、野菜とライスという組み合わせの弁当で味もボリュームも満点。
値段は5jとお手頃料金。テーブルも3つほど前面のテラスにおいてあるので、そこで食べることもできる。
観光ガイドブックには載っていないので、日本人観光客には知られていない。
時間のない時はなどは非常に便利な店である。
東京苑 / ソンソン村
ロタ島唯一の日本食レストラン。かつてはサイパンのガラパン地区で同じ屋号「東京苑」として営業していた。
メニューの大部分は日本食である。
ざるソバ、焼き飯、焼肉定食、とんかつ定食、餃子、刺身等々が食べられる。
どうしても日本食が食べたい人には重宝である。
経営者は現地の人と結婚している日本人女性。開発の手が本格的に入る以前の古き良きサイパンを知る数少ない日本人である。
長男は北マリアナ諸島(2002年〜2005年)の知事を務めていた。
ロタ島には西港(ウェスト・ハーバー)と東港(イースト・ハーバー)との2つの港がある。西港は商業港であるため、観光客には余り縁がない。
しかし、東港は泳いだり、シュノーケリングをしたりすることができる。また、ダイビングボートも頻繁に東港からダイビングポイントを目指して出
て行く港だ。
この島最大のスポーツエベントである「ロタブルー・トライアロン大会」(11月開催)は
ここを使って行われる。
そして、この港の沖には、世界でも稀な「ロタブルー」の青く蛍光色に輝く透明な海が広がっている。
1993年、我々KFCが初めてロタ島を訪れた頃の東港内は鋭いサンゴがむき出しの港だった。先端には今は無き日本資本
のパウパウホテルが造った質素な桟橋がある
だけの港であった。とても港と呼べる代物ではなかった。
この島でトライアスロンをやろうとした1994年頃の東港は全面が鋭く尖ったサンゴ礁で覆われ、 裸足で歩くこともできなかった。当然、
車両の乗り入れなどできない。 だから、バイクトランジッションを前面道路上に設置し、 スイムアップ地点から道路までは絨毯を敷いて
歩くという計画だった。
ところが、大会日の4〜5日ほど前に、突然何台ものダンプカーが土を山と運び入れて、 さんご礁を埋め、ブルトーザーで整地し、ローラーで
地面を押し固めていったのである。 3日ほどで東港に立派な広場が出来上がったのである。これには心底ビックリしたものだ。 これって環境破
壊そのものだが、誰一人そんなことを言い出すものはいなかった。
これが東港で行われた初めての工事である。しかし、砂をローラーで押し固めているだけなので、台風や大波が来ると、それらのはは簡単にさ
らわれてしまう。そして、再度、
トライアスロンの時に砂を入れて、固めるのである。こんなイタチゴッコのようなことが毎年繰り返されていたのである。
2002年12月のスーパー台風「ポンソナ」と2004年6月のスーパー台風「ティンティン」で、桟橋は壊れ、港内の砂はさらわれ、
セメント製の岸壁も壊滅的なダメージを受けた。海水の水位が上がって、ソンソン村の道路まで海水が押し寄せてきたという。流石に台風慣れした
島民たちもこと時ばかりは恐ろしかったと話す。
この界隈は台風の生まれる場所だ。ここで生まれた台風がフィリピン方面へ進み、その後、北上して日本へやっ
てくるのである。そして、スーパー台風と呼ばれる巨大台風が大体5年に一度くらいの割合で発生する。
その破壊力はすごいものがある。セメント造り以外の屋根はすべて飛ん
で行ってしまう。車も飛んで行ってしまう。2002年のポンソナ台風の時は重いスクールバスまで舞い上がったという。ヤシの木は折れたり、
尖端部分が強風で揉まれて実が成らなくなってしまう。パパイヤやバナナの木も折れたりして、大きなダメージを受ける。回復して、実が生る
まで1〜2年は要する。当然、電気、水道、港などのインフラも大きなダメージを受ける。
岸壁や桟橋までが破壊された港を完全に整備するのは膨大な財源が必要となるので、財源の乏しいロタ政府ではできない。
だから、悲しいかな、米国の援助金待ちの状態が続いた。
ようやく、2005年から米国の補助金でこの東港を本格的に改修工事するという計画があり、
その計画に沿って、2006年1月に工事が着工されてた。その当時に言われていたのが、完成は2006年6月予定と云うことだった。そして、
この工事を請け負ったのは台湾の企業だった。
2006年8月5日、現在、ようやく東港の桟橋部分の工事は完了し、港内の周辺部分の工事に移っている。案の定、工事は大きく遅れている
。島ではこれが常なのである。新しく完成した桟橋部分は島民達の恰好の釣り場になった。釣り好きの島民たちには思いがけない嬉しいプレゼント
となった。
改修工事前と比べると港の陸地部分(駐車場)は海水面からかなり高くなっており、波が当たる部分の岸壁は高く造られている。海に降りる
梯子も数箇所設けられてた。これで大波が打ち寄せても港内が被害を受けるということもなくなるだろう。
途中、資金不足で工事が中断したりしたが、ついに、とうとう紆余曲折を経て、2008年末にほぼ計画通りに完成した。
4月頃、
工事は大幅遅れの状態だった。これを見たロタ政府が工事会社に対し「11月のトライアスロン大会までには完成させなさい。」と強い命令を出
したのである。島民たちも皆同じ思いだった。普段、のんびり、おっとりの工事人たちも、事の重要さは十分に理解しており、毎日の残業と休日
出勤でどうにがトライアスロン大会日
までに完成させたのである。この島で残業や休日出勤などかつては考えれなかったことで、これを見た島民たちは皆一応に驚いたそうだ。
15年経って、今年のnew東港の姿になったのである。 だから、トライアスロンがなかったら、new東港もなかっただろう。トライアスロンの歴史と
東港の変化は切り離すことはできない。 2008年大会からスタート&フィニシュ&アワードパーティもすべてこのnew東港で行なうことにした。
クロスポイント
何と言っても一番は、ソンソン村の全景が一望できる丘「クロスポイント」。
この丘の上に大きな十字架が建っているのでこの名称が付いている。
ここからは眼下にソンソン村の家々や道路を走る自動車がミニチュアのように見える。
特に夕方頃がオススメで、真正面のウェイディングケーキ・マウンテンの左前方遥か海の彼方グァムの街灯りを見ることができる。
場所はソンソン村にあるトンガ・ケープの真上にある。
ガガニ・フルーツ・ファーム 【現在閉園】
この地域ではロタ島はフルーツ・アイランド云われるくらい豊富なフルーツを食することができる。
マリアナの他の島々ではこれほど多種のフルーツを見ることはできない。
このフルーツ園はササンハヤ湾のロタブルーの海を見下ろし、景色も良く、
採れたての様々のトロピカル・フルーツを食することができる。
マリアナ地域では最も充実したフルーツ園である。
場所はソンソン村からテネト村を抜けて太平洋側に沿って約5km行った所にある。
常夏の島といっても、年間に多少の気温の変化があり、
ある時期にしか実を付けないフルーツや年間通して実を付けるものもある。
例えば、マンゴーなどは4月〜5月にしか食べれない。
その種類は、パパイヤ、ロタ・バナナ、サワサップ、マンゴ−、椰子の実や椰子ジュース、
スイカ、サトウキビ、マカダミア・ナッツ、スターアップル、サトりんご、ロタ・グレープフルーツ、みかん、
ロタ・レモン(カラマンシー)、アセロラ、ブラックベリー、アボガドなど。
これらのものは全て昔からオーガニック栽培である。
但し、大きい台風が上陸した場合は、その後、数ヶ月から約1年間はフルーツの収穫は期待できない。
2007年頃に閉園した。原因は、ロタ島へのアクセスの悪さからくる観光客の減少だ。
地元のロタ産バナナ
日本で売られているモンキーバナナを二周りほど大きくしたような、楕円形に近い形をしている。
その皮は1〜2mmと非常に薄い。なかにはよく熟れて皮がはちきれて中身が見えるものもある。
その味は、甘さと酸味と香りが強く、粘り気があり、ジューシーで、
日本で売られているバナナとは全く別のフルーツと云った感がある。試す価値アリ。
地元のロタ産パパイヤ
ロタには「陸パパイヤ」と「山パパイヤ」とがある。陸パパイヤは小さくて果肉も少なく、味はマズマズである。
日本で売られているのはこれだ。商品として流通させるのには手ごろな大きさだし、一度で食べきれる大きさだからだろう。
しかし、山パパイヤは大きく、スイカくらいの大きなになる。一人で一度に食べきるのはちょっとしんどい。
果実も多く、非常にジューシーで美味い。地元では風邪をひいたり、発熱したりすると、
体力回復にこのビタミン&ミネラル豊富な山パパイヤをよく食べる。これは「医者要らず」のフルーツと呼ばれている。
また、熟する前の青い若い山パパイアは薄くスライスして、塩水で灰汁抜きをして、唐辛子やニンニクを加えて漬物にするのである。
これがまた絶品の味なのである。それに歯触りがなんとも言えない。レストランでは食べることはできない家庭の味である。
トライアスロンのアワード・パーティでは必ず供されている。
珍しいサワサップ
ロタでも珍しい高価なフルーツで、その味は甘酸っぱくて、ヨーグルトの味に似ている。
食感は繊維が多く、パイナップルを柔らかく、ジューシーにしたような感じ。
外観は緑色で表皮に棘があり、内部は白色で黒い種がある。その大きさは椰子の実くらいである。
テテトビート
ロタの代表的なビーチで、最もポピュラーな観光スポットである。
場所はフィリピン海側のロタホテルの近く、ロタホテルから徒歩約10分にある。
珊瑚礁に囲まれた礁湖になっており、水深が0.5〜1.5mくらいしかなく、小さな子供でも安心。
浅すぎて泳ぐには適さないが、水中マスクだけで、手軽に熱帯魚を観察することができる。
時々、エイなどの外洋に住む魚が入り込む時がある。因みに、サメは入って来ることはない。
流れは、沖に向かって、常に右手から左手方向に流れている。
その流れは、干満時には相当強いものがあるので要注意。
2002年頃から「海の家」らしきものが出現して、
何もなかった素朴なビーチにパラソルやビーチマットなどが見られるようになった。
【注意】沖のさんご礁を越えて外洋に出ないように注意して下さい。
一度外洋に出てしまうと流れに逆らって戻って来るることはできません。過去には水難事故も発せしており、危険です。
ラッテストーン遺跡
ここはラッテ・ストーン(タガ・ストーンとも呼ぶ)を削り出していた石切り場の遺跡である。
ラッテストーンは古代チャモロ人によって建てられた建物の柱の土台石であるとされている。
今ではラッテはマリアナのシンボルとされており、マリアナ諸島以外では残存していない。
ここは未完成のラッテ(直径約3m)が見られる貴重な遺跡である。
最大の完成品はテニアンのタガ遺跡に見ることができる。
それにしても、ロタのラッテはなぜ途中で止めてしまったのだろうか?ミステリアス!
場所はロタ飛行場の近くにある。
アス・マンモス岬
サンゴの岸壁に打ち付ける荒々しい波、南の島とは思えない不思議な空間。一度は訪れる価値はある。
ここはカジキなどの大物がよく釣れるポイントなので、現地の人たちにがよく釣りに来る。
しかし、時々大物に力負けして引きずり込まれて亡くなる人もいる。ここから転落したら命はない。
また、波飛沫が遠くまで飛んでくるので、注意が必要。場所はフィリピン海側の東端。
タイサカン・ネーチャー・トレイル 【現在閉園】
この場所からの眺めは思わず息を飲むほど絶景である。約300mの切り立った崖の上から、
眼下に広がる緑のジャングル、白いテテトビーチ、青い海原の遥か彼方にある水平線など雄大な景色を見ることができる。
また、崖下を飛ぶ鳥を上から観察することもできる。
トレイルの入園料は、確か5j?くらい。
自然のジャングルの中に小道が作ってあってそこを歩きながらロタの自然に触れるというもの。
場所は、北マリアナ大学側からサバナ高原に上る道の途中から入る。すこし分かり難い場所にある。ちなみに、この土地のオー
ナーはタイサカンさんである。
サバナ高原
ここはロタ島のほぼ真ん中にある。標高496mもあるため、熱帯であるにも係わらず一年を通して涼しい。
ここには海辺に見られるような椰子の木などは生えておらず、松の木や日本で言う秋の植物であるススキなどが生えている。
また、タロイモやホットペッパーなどの農作物がたくさん栽培されており、この島の野菜供給地でもある。
その頂上は公園になっており、平和記念碑が建っている。 この高原に上る道は2本ある。
しかし、観光には飛行場側から上り、ソンソン村側へ下りる方が途中からの眺めが数段よい。但し、夜間はゲートが閉められ、立ち入り禁止となる。
2009年現在、ソンソン村側へ下る道は閉鎖されている。
バード・サンクチュアリー
過去、人の手が全く入っていない、自然のままの鳥の生息地。眼下に飛び回る鳥をたくさん観察することができる珍しい公園。
時には、海亀を見ることもできる。
このエリアは切り立った岸壁と厳しい海岸線に囲まれているため、人の侵入がなかったのである。入園料は無料。場所はロタ飛行場の近く、
ラッテストーン遺跡の近くにある。
スイミングホール
海岸にできた珊瑚礁の穴に海水が流入しているだけのもの。
その大きさは15mプール程度、ガイドブックには必ず載っているが、KFC的にはイマイチのスポットである。
満潮の時間帯は波が打ち寄せ、スイミング・ホールはなくなる。
場所は、ココナッツビレッジ・ホテルの前の道を2kmほど東に行った所にある。
アラガン湾展望台
ここはロタ島の裏側、すなわち、太平洋側に面した岸壁の上にある展望台。
シナパル村からは近い。時には、すぐ目の前の海上に降るスコールの様子をハッキリと見ることができる。
空にある雲から円柱の形に雨が柱状に海面に降っている現象は面白い。
また、この沖には水深1万mのマリアナ海溝が横たわっているのである。神秘的な海である。必見の価値あり。
オッゴ滝
ロタ島最大の川「オッゴ・リバー」の上流ににある滝。その滝つぼには淡水魚やエビが多く生息している。
しかし、2000年頃から上流で川の流れが変わってしまい、すっかり干上がってしまっていた。
その後、2004年頃から水量が戻って来て、元のオッゴ川が復活した。
滝つぼまでは川の中を歩いて行かなくてはならない。その水量は膝くらいしかないが、ちょっとした冒険気分を味わえる。
但し、スコール直後は瞬時に水量が増えるので滝つぼ行くのは危険である。
そして、この一帯は私有地であるため、この滝つぼに行くためには、
入り口に建つ家で許可をもらい、入場料が必要となる。場所はガガ二・フルーツファームから3kmほど奥に行った所にある。
ちなみに、ロタにはオッゴ川も含めて、川は3本ほどある。川と言っても小川である。それらのほとんどは乾季には水が干上がってしまう。
モーチョン・ビーチ
珊瑚礁が多くて浅すぎるため、泳ぐには適さないが、
真っ白い砂の美しいビーチで、その広さはロタ島最大である。
訪れる人は少なく、静かで、絵的にも美しい。
場所はアスマンモス岬へ行く手前にあるフィリピン海に面したビーチ。
但し、このビーチはパブリックではなく私有地である。
モーチョン・ラッテストーン村遺跡
モーチョン・ビーチの東側のジャングルの中に埋もれていたものをジャングルを切り開き2000年に公開した。 その遺跡があることは昔から知られていたのだが、私有地であることから、その地主が許可しなければ、手を付けることができなかった。
幸い、この地主は当時の市長マングロニャ(1998〜2006年)の土地であるため、
市長がロタ島観光促進のためにジャングルを切り開き遺跡までの道路を作り、公開したのである。
しかし、ロタ島への観光客が少ないので、維持もままならず公開当時ほど手入れが行き届いていない。管理を怠ると再度ジャングルの
覆われてしまうだろう。
ここの遺跡はマリアナ諸島では最も広い面積を持ち、ラッテストーンだけではなくて、
集会場跡や多くの住居跡などが見て取れる。すなわち、村としての集落があったことがはっきりと残っているのである。
マリアナ諸島では最も価値のある貴重な文化遺跡である。そして、目の前は美しいモーチョンビーチである。
ここへ通じる道がジャングル化しており、ピックアップ・トラックが四輪駆動車でないと行けないので要注意。
チウガイ壁画洞窟/Chiugai Pictograph
島最北部の太平洋を臨む海岸の崖の中腹にある。
これを最初に発見したのは我々が「ミスター・ロタ」と呼ぶ現地人ベン・ロザリオである。
1994年頃に偶然発見したのだが、最初はそれ程価値のあるものとは思わず、
他人には告げずに自分の気に入った観光客だけを時々ガイドして連れて行っていた。
その内、これが相当に価値のあるものと気が付いて、ロタ政庁に届け出でた。
その後、グアム大学の調査が入ったりして、それが非常に価値のある古代遺跡で、約1万年前の古代チャモロ人の住居ということが判明した。
今では、マリアナ諸島で最も価値のある保存状態の優れた文化遺跡として、役所の手で手厚く保護されている。
それは自然にできた鍾乳洞の洞窟で、天井も高く、その大きさは観光バスが数台入るくらい大きい。
そして、その壁には古代人が描いたと思われる様々な絵や模様が描かれている。
海亀、カニ、ブルーマリン、クラゲ等々、それに、男女の生殖器と思われる模様もある。
そして、洞窟の入り口付近には日本のお釜、一升ビン、ヤカン、錆びたツルハシ等々が見られる。
おそらく、これらは太平洋戦争の時に日本兵がここに隠れていた名残であろうと思われる。
古代人のものとは違う。
現在は保護のため一般人の自由な立ち入りは禁止されている。
しかし、前もって役所に届出をすれば、日時を調整してレンジャーが連れて行ってくれる。
ここへ行くには乗用車が通れるようなまともな道はなく、四輪駆動車かピックアップ・トラックでないと困難である。
また、この一帯のジャングルはマリアナ鹿のハンティング地域でもあり、解禁時期にはハンティングをしており、
レンジャーと一緒でないと鹿と間違われて撃たれる可能性があり、危険である。
さらに、車を降りてから数分間歩かなくては入り口に辿り着けない。
今では、その入り口には頑丈な柵が設置されており、同行のレンジャーに開錠してもらわないと洞窟には入れない。
そんな訳で、現在までここを訪れた観光客は非常に少ない。また、ロタ島民ですら、これを見た人は少ない。
また、この崖下の海は大昔から海亀の産卵場所になっており、海亀が多く生息してる。
陸地からこの産卵場所への人の立入りは非常に困難である。
旧日本軍砲台跡
海を見下ろす崖の中腹に、第二次世界大戦時の日本軍の砲台が残っている。
これは大したことはないが、ここから見える景色は最高だ。
訪れる価値あり。ラッキーであれば、鯨やイルカが泳ぐのを見ることができる。
場所はソンソン村からテネト村を抜けて2kmほどガガ二・フルーツ園の方に行った所にある。
ロタの切り通し
旧日本軍砲台跡に行く手前にある。濃い緑の普段は樹木が覆い被さって、薄暗く、まるでトンネルのようである。
この道は日本統治時代のサトウキビを運搬する列車の鉄道跡でる。
この島の殆どの道路は日本時代のサトウキビ鉄道のレールを引き剥がした跡地である。
当時は1万人もの日本人がサトウキビを栽培して生活していたのである。
場所は、旧日本軍砲台跡に行く手前100m。
ハニーガーデン
ソンソン村には由緒ある教会があるのですが、
宗教上の問題(カトリック教徒以外はNO)から日本人がこの教会で結婚式をすることは許されていない。
しかし、ロタで結婚式を挙げたいという人のために、最高に素敵な場所がある。
ロタブルーのササンハヤ湾を隔てて、ウエィディング・ケーキ・マウンテンを臨む最高のロケーションにあるハニーガーデン、
そして、その園内にある可愛いチャペル。かつて、野口五郎と三井ゆりが結婚式を挙げた場所として有名になった。
ほとんど毎年一組は、ロタブルー・トライアスロン大会に参加した選手がここで結婚式を挙げている。
また、敷地内にはロタの歴史を紹介する資料館もあり、結婚式だけでなく、島の観光ポイントとして訪れても楽しい。
園内には売店もあり、オープンテラスでビール片手にこの景色を楽しむこともできる。
ここは南の島というより、南仏地中海の雰囲気が漂う、不思議な空間である。
場所は、「切り通し」のすぐ手前。入り口には看板がある。
ここのオーナーであるポール・マングロニャは北マリアナの上院議員を務めている。
アクア・ギフト・センター
ロタ島での唯一の本格的な土産物を売っている店。
小物や化粧品からちょっとした洋服まで売っている。センスは良い。
例えば、ロタ産蜂蜜、ホットペッパーのビン詰め、塩、ココナッツオイル、サンオイル、シャンプー、ロタの民芸品、
帽子、サングラス、ネックレス等々のアクセサリー、Tシャツ、ポロシャツ、
スカート、ワンピース等々、その種類は豊富である。見るだけでも楽しい。
場所は、ソンソン村の教会近く。オープンは2004年。ぜひ、訪れてみては。
この島にはナイスなダイビングスポットが多くある。特にロタホールは人気が高い!
また、ダイビングをしない人の為には、沖に出てシュノーケリングやスイミングを楽しむボートピクニック・ツアーも催行している。
下記の3ショップとも直接メールで予約を入れたり、問合せをしたりできる。
ダイブ・ロタ【DIVE ROTA】 (現在閉店)
ロタ島では一番古くからあるショップでオーナーはチーフ・インストラクターも兼ねたアメリカ人のマーク・マイケル。
日本語は話せないが日本人びいきの人なつっこい陽気なアメリカン。
客層はアメリカ人が多いが日本人でも問題なし。初心者から上級者までOK。
ショップの場所は海に面したショップは東港にある。
最近は、日本人向けにボートによるシュノーケリング・ツアー(25ドル)を始めた。
さらに、カヤックのレンタルやマウンテンバイクのレンタルも始めた。
店内にはオリジナルTシャツやシルバーのアクセサリー、ダイビング用のマスクやナイフといった商品も並べられている。
また、1994年から始まったロタブルー・トライアスロン大会参加賞の記念Tシャツが第1回大会から最近のものまで展示されている。
特に、一番右上段にある第1回大会のものは貴重である。
2002年の台風ポンソナ直撃で店内が水浸しになり、
その時これらのTシャツも汚れてしまったが、洗濯した後に再度展示されている。
注:「ダイブ・ロタ」がとうとう2006年2月末にクローズしました。
2005年11月のロタブルートライアスロン大会の頃にクローズするかもしれないという噂は耳にしていたのですが、
実際にクローズしてしまうと寂しさを感じます。ロタ大会の最初の頃からスイム部門の全般を手伝ってくれ、
また、オーナーであるマークとも信頼し合える仲になっていたのに非常に残念。原因はお客さんの激減だそうだ。
ダイブ・ロタの閉店は1999年に老舗のパオパオホテルが閉鎖になった時に感じたモノと同じモノを感じる。悲しいけど、これでまた、
一つの時代が終わった。
この島で2番目に古くからあるショップ。オーナー兼チーフ・インストラクターは日本人の林万記(ハヤシカズヨシと読む)さん。 1991年頃からロタに住んでいる。
この島、いや、この海を最も知り尽くした日本人。頼もしいインストラクターである。
ショップは西港近くの海岸に面したナイスな場所にある。
2005年11月頃からショップの裏庭にオープンエアーのバーをオープンさせた。
八角形の屋根を持ち、その中に同じく八角形のカウンターを配置し、真ん中でお酒類をサービルすると云った形のもので、
非常に南の島ロタらしくてよい。ダイバーでなくても、ぜひ、立ち寄って見られてはいかが。
2004年オープンした最も新しいダイビングショップ。オーナーは山本ヒロシさんと言う日本人。
ショップの場所は西港の港湾エリアにある。オーナーがロタ島に惚れ込んだのが、この島でショップをオープンした理由とか。
すぐ前は西港と言う、これまたナイスな場所にある。また、ショップの店内もセンスがよい。
日本にやって来る台風の大部分はマリアナ諸島(サイパン・ロタ・テニアン・グアム)のすぐ東方の赤道付近で誕生する。
そして、発達しながらマリアナ諸島付近を通過して、西方のフィリピン方面へ、その後、台湾や日本方面に北上してくるのである。
しかし、最初は熱帯性低気圧で、現地では「トロピカル・ストーム」と呼ばれる。
そして、これがだんだん勢力を増してきたものが「タイフーン」と呼ばれる。
最初から台風そのものが発生する訳ではない。
そして、ほとんどの台風はマリアナ諸島の付近を通過する。
この通過する時は然したる被害はないが、運悪く、それが直撃した時の被害は甚大なものがある。
これらの島々への直撃は過去のデータから5年〜10年に一度くらいの割合で起こっている。
幸いなことに、毎年直撃する訳ではない。
マリアナ諸島で台風の直撃を経験してしまうと、日本の台風は大したことがないと感じてします。
北マリアナ諸島では、台風の大きさはコンディション1〜5までの5段階に分類されている。
コンディション1では、その強風で、枝の多い風を受け易い樹木は倒れたり、折れたり、
さらに、木造やトタン造りの屋根や塀は吹っ飛んでしまったりする。また、電柱が倒れたり、
倒木が電線を切ったりして停電が発生したりもする。
この状態では、人間が屋外を歩くことは困難である。
しかし、このコンディション1では枝のない椰子の木が折れたり、車が吹き飛ばされたりすることはない。
そして、コンディション1の発令と同時に知事通達が発令され、学校や政府機関(警察と消防署を除き)は、一斉に臨時閉鎖となる。
2004年6月27日にサイパン島を直撃した台風8号「現地名Tingting/ティンティン」がこのコンディション1に当たる。
その時の豪雨は前が見えず、息苦しさを覚える位のものであった。
海辺にいた3人が海に大波に浚われて行方不明になってしまった。台風の時に海辺にいるなんて非常識である。
それでは、コンディション5はどんな勢力を持った台風かと云うと、
これは椰子の木や車やバスまでもを吹き飛ばすパワーを持っている。
当然、人間も屋外に居れば、遥か海上まで一瞬に吹き飛ばしてしまう。
鉄筋コンクリート造り以外の建物は全部破壊されてしまう。
さらに、大波によって海水位が異常上昇し、ビーチ沿いの道路や家屋は海水に浸かってしまう。
2002年12月8日にグアム島とロタ島を直撃したスーパー台風26号「Pongsona/ポンソナ」がこのコンディション5に当たる。
この台風は、低地にあるロタ島ソンソン村の道路を海水位上昇で水没させ、ロタ島東港のセメント造りの桟橋さえも破壊してしまった。
因みに、この時の瞬間最大風速100mを記録したそうだ。また、農作物やフルーツなども壊滅させてしまい、それが復活するまでには
1年以上の長い時間を要する。
また、グアム島にある多くのホテルにも甚大な被害を与えた。
この影響で、グアム島の第一ホテルやトロピカーナ・ホテルなどは壊滅に近い被害を受けた。その後、5年ほど経って、第一ホテルは売却され、
フィエスタ・リゾートとして甦った。しかし、トロピカーナ・ホテルは2009年現在でも営業はしていない。恐るべし、熱帯台風の一撃である。
以下は、「ポンソナ」被害直後のロタ在住の日本人からのメールです。
@『こちらは12月8日の台風「PONGSONA」で大きな被害を受け、
年末のクリスマスもお正月もなく難民生活のまま2003年を迎えました。
ウチは屋根が飛び、ガラスが割れ、天井が落ち…凄い惨状ですが、人間は何とか生きています。
さらに、東港内に置いてある大きなコンテナが暴風で次々と海上に飛ばされて沈み、
車やボートも飛び、海のお魚が家の中に飛び込んできました。村はまったく廃墟と化しています。
しかし、不思議なことに怪我人や亡くなった人は一人もいなのです。
流石、台風を熟知しているロタピープル!』
A『9日未明、グアムとロタを最大風速85mのスーパー台風26号が襲いました。
最も被害が大きかったロタ島ソンソン村は壊滅状態で、現在島民たちは懸命に復旧に取りかかっています。
村のほとんどの民家のドアや窓ガラスそして屋根が強風に持って行かれました。
また、電柱が折れてしまい電線はズタズタで電気の供給はストップしています。
農場では椰子やマンゴ、パパイヤの木はバキバキに折れてしまい、この島自慢のフルーツは全滅状態です。
そして、イーストハーバーの駐車場や船着場も破壊されて消滅しています。
さらに、激しい大波が追い討ちをかけました。村を走る道路にまで激しい波が打ち付け、
道路の上には海底の大岩がゴロゴロ打ち上げられました。
そして、驚くことに何と!全長4m程もあるある大物ブルーマリンも道路に打ち上げられ、島民たちを驚かせ(喜ばせ?)ました。』
ロタリゾート&カントリークラブ 【2008年に韓国系資本に買収された】
客室は全てスィート・ルームというロタ島では最高級の贅沢なホテル。
客室には2〜4人部屋がある。このホテルの特徴は、2人部屋でも、
4人部屋でもベッドルームは個々に独立して鍵もかかり、プライベートは確保されていることである。
テレビや電話、冷蔵庫などは居間にあり、それらは共通で使う。バスルームやトイレも共有である。
このように、独立したベッドルームを持つので、トライアスロン大会やオーシャンスイム大会の時など、
見知らぬ人同士でも、また、グループ同士で泊ってもプライベートはバッチリである。
「ロタブルートライアスロン大会」のスポンサ−企業の一つでもある。
また、空港近くの高台にあるため、このホテルから眺めるオーシャンビューや夕焼けは最高である。
あの“SMAP”もこのホテルに滞在中、ここからの眺望には大感激したそうだ。
ホテルは自家発電設備を持ち、水道も敷地内に井戸を持っており自前でまかなっている。
ロタ島政庁の電力施設や水道施設とは独立している。だから、島が停電になったり、乾季に断水しても、
このホテルだけは快適に過ごせるのである。時には、このホテルの電気を島の電気に供給することもあるくらいである。
世界中どのこ島でも、インフラが貧弱な島というものは停電や断水は付きものである。
3〜4日の短い旅行中に断水や停電が遭遇したら、楽しいはずの旅行も台無しになってしまう。
このホテルはロタ島の避難所の役割も果たしている。
例えば、スーパー台風が龍来した時などは、海抜の低いソンソン村の住民達は、安全な高台にあって、
造りのしっかりしたこのホテルに避難してくる。そして、台風が過ぎ去ったら自宅へ帰っていくのである。
かつて(1999年だったかな?)、ロタブルート・ライアスロンのレース中に次のような出来事があった。
レースも中盤のラン・コースやバイク・コースに選手が移っている時に、警察官が顔色を変えてやって来た。
彼が言うにはパプアニューギニア付近で地震があって、大きな津波が発生し、
それがロタ島を含むマリアナ諸島方面に向かって押し寄せて来ているという。
それで、ソンソン村辺りの海抜の低い場所にいる選手をロタリゾートに避難させようということになり、
混乱なく競技を中断し、スムースに選手全員を非難させる方法を早急に練っていた。
これと平行して、ロタ政庁を通してグアム島にある米軍基地に津波の最新情報を問合せてもらった。
そうすると、幸い、マリアナ方面ではなくインドネシア方面に向かっていることが確認できた。
ヤレヤレである。その結果、この事件のことは選手には一切知らされることなく、競技はそのまま続行されたのである。
これからも分かるように、ロタ島にとって、ロタリゾートは頼りになる存在なのである
プールに関しては、このホテルは最高である。先ず第一に水が綺麗、水質が良いのである。
さらに、コバルトブルーのフィリピン海を臨む高台にあり、プールサイドからの展望は最高である。
また、プールの中にいながらにして、ビールやジュースが飲めるプール・バーも完備されている。但し、ガシガシ泳ぐには小さすぎる。
レストランは敷地内の別棟にある。朝食は豪華なバイキングスタイル。
このホテル敷地内には「ロタ・レッド」と呼ばれる眩いばかりの真っ赤な花をつけるハイビスカスが多く植えられている。
このホテルは幹線道路の入口からホテル・フロントの建物までが約2kmほどあり、その間の道路の左右に植えられているハイビスカスの垣根
は見事である。
その葉の濃い緑色と真っ赤な花と海のブルーのコントラストは必見の価値ありである。
ゴルフ場については、18ホール、全コースオーシャンビューのチャンピオンシップコースを持つ人気の本格派コース。
かつては、毎年2月に「ロタクラシック」という大会が催されていた。
2008年前半にアメリカ系韓国資本に買収されてしまった。前オーナーは飛行機のアクセスが悪いため、経営がうまくいかなかったのだ。ロタで
ホテルを買収&経営するにはエアラインも同時に手当しないと絶対にうまくいかない。厄介だが、必須条件である。船ではお話にならない。
ロタ・ココナッツ・ビレッジ
現在(2006年)、ロタ島にあるホテルの中ではこのホテルが一番歴史がある。
今は無き「パウパウホテル」(1999年閉鎖)と同じ時期から営業していた
ので35年(2009年現在)ほど営業していることになる。
ホテル形式は平屋木造造りのコテージ形式で、その敷地に約10棟が建っている。
しかし、客室として使用できるのは7棟ほどである。
そして、1棟に2ルームあるので、14ルーム規模のこじんまりホテルである。
その場所は、飛行場に近く、スイミングホールにも近い場所にある。
すぐ目の前は海であるが、鋭いサンゴの多いビーチになっているので、泳ぐには危険である。
しかし、タコやサザエがたくさんいるので、手軽にタコやイカやサザエ獲りができる。
このホテルのスタッフも休みの日にはよくタコやサザエ獲りをしている。
それが料理されてレストランのその日のメニューになることもある。ロタらしくていい。
ここのレストランは島民の間でも美味しいと評判である。値段もリーズナブルである。
かつてコック長だったフィリピン人ドモは料理のセンスが良かったが、観光客の減少が原因で、2007年にフィリピンへ帰国してしまった。
しかし。名物マネージャー稲葉さんも食べ物にはうるさいので、自ずと料理の味はよくなるのである。種類は、ステーキなどの肉料理、
新鮮な魚介料理、地元のチャモロ料理、それに、日本風料理もある。メニューにはないが、カツ丼やエビ丼も注文すれば作ってくれる。
各部屋には電話やTVはない。木造のため、日中はちょっと暑い。
ザ・ロタ・ホテル
95年12月にオープンしたロタ島で最も新しいホテル。2009年よりオープンして初の改装を行っている。通りを隔
ててすぐ向こう側にこの島を代表する観光スポット、世界有数の透明度を誇る“テテトビーチ”が広がる。部屋から
直接水着でビーチに出られる近さが魅力だ。
外観も内装も白を基調に清潔で落ち着いた雰囲気。客室は30室あり、白を基調にした木目のインテリアは明るく清楚ある雰囲気。
バスルームはフィンや浮輪などのビーチグッズが置けるよう、広めに作られている。これはダイビングで訪れたお客様にも好評だ。濡れた水着や
タオルが干せる物干しラックやもあり、ゲストが海で快適に遊ぶための設備やサービスがさりげなく充実している点は好印象。
またホテル内には新たにインターネット設備のついたカフェ&バーを新設。ロタ島の思い出を日本の家族やお友達へライブ感覚で発信したりデ
ジカメのメモリーカードのバックアップやご自身のブログの更新など様々な場面に役立つ。昼はカフェ夜はBARとして営業しており、ホテル宿泊者
以外のお客様も利用できる‘‘コミュニティースペース‘‘として利用できる。
レストランは和食、洋食はもちろんのこと、ロタ島伝統のチャモロ料理も味わえる。またプールサイドでの新鮮な魚介類やステーキのバーベキュ
ーディナーは人気が高い。
ギフトショップも非常に充実しており、ハチミツ、塩、工芸品などの地元ロタ産のものがほぼ揃っている。 ネックレスやブレスレットなどの
アクセサリー、ロタホテルオリジナルTシャツなどが売られている。
チャモロ・メディシン
ロタには昔から島民の間で「チャモロ・メディシン」として重宝がられている野生植物がある。
この植物は「ノニ」に次ぐ
チャモロ・メディシンで野生のニガウリ(ゴーヤ)の新芽で、主に胃薬として用いられる。
黄色い花が咲き、卵大の可愛いニガウリが生る。
そのままにしておくと、緑色のニガウリが黄色に変わる。食べごろは、緑色の頃のものである。
薬効効果が高いのは新緑の若い蔓の先端部分で、先端から10cmほどの部分で千切って、それをそのまま口に入れ、生で食べる。
その味は非常に苦く、如何にも、胃に効くという感じで、これを一片食べて、しばらくすると、妙に胃がスッキリして腹が減ってくるから
不思議である。
これは島の至る所に生えている。因みに、現地ではニガウリのことを「ビターメロン」と呼ぶ。
ロタの超激辛唐辛子(ホットペッパー)
見た目は非常に小さくて可愛い唐辛子なのですが、口に入れると超激辛!
マリアナ諸島の各家庭にはホットペッパー(唐辛子)をペースト状にしたものが常備してある。
唐辛子に塩、生姜、ニンニクを少し加えて磨り潰すのである。その味は、各々の家庭によって微妙に異なり、
日本で言う「お袋の味」的存在である。
材料となる唐辛子は小粒(米粒の2倍程度の大きさ)のものを使うのが一般的で、
日本にあるものと比べると100倍は辛い。超激辛である。そのまま口に入れると、辛いという感覚を通り越して痛みを覚える。
でも、島民達はこれを平気で食べるのである。
最も一般的な食べ方は「フィナデニ」という
醤油ベースのソース(タレ)を作る時に加える使い方である。このソースは醤油に、
このホットペッパーのペーストと玉ネギ、ニンニク、味の素少々、それにロタ・レモン(フィリピンではカラマンシー、
沖縄ではヒラミレモンとも云う)をたっぷり絞って加えるのである。日本人の口に合う。本当に美味しい。
BBQや刺身などにもよく合う。 また、お金が無い時は、白いご飯にそのまま掛けて食べても美味い。ポイントはローカル・レモンを使うところにある。
日本で云う黄色い普通のレモンでは全く美味くない。このローカル・レモンは日本のカボスのような外見をしているが、 その味は全く違う。
道端の豚親子
ロタでは村から少し離れて山間部に入るとこのような光景をよく目にすることができる。
近くのファーム(農場)で飼育している豚や牛が道路に出て来るのでる。「農場」(「ファーム」と云う)と言っても
日本の「農場」とは違って、一見ジャングルのように見える。
その敷地内にはバナナの木、椰子の木、パパイヤの木、ロタレモンの木、それに、食卓には欠かせない唐辛子、
主食になるタロ芋やヤム芋など多くの農産物がバラバラに植えられている。すべて今流行のオーガニックである。マリアナ諸島の
農業は今も昔も農薬や肥料は使わない。自然のままで十分に収穫があるのである。
さらに、その周りに豚や牛や鶏と言った家畜が放し飼いで飼われているのである。
ロタ・クリスタル
ロタの自然水(湧き水)は美味い。サイパンに宿泊した後にロタへ行くと甘く感じる。日本の水道水より遥かに良質で、
純度は100%のH2Oに近い。
日本の水道水は水源(河川)の水が汚染されているので、消毒のため、塩素やカルキ分が大量に混入されている。
だから、美味くない。
観光ガイドブックや旅行社のツアー案内冊子などには、ロタも含めて「マリアナ諸島の水は飲料水には適さない」と
書いてるものが殆どであるが、ロタだけは例外である。
水道の蛇口から直接飲める。これはロタを知らない人が書いたいい加減な情報である。
日本統治時代にはこの良質の水を使って日本酒を造っていたくらいである。
その水質は軟水でミネラル分が少なく、口当たりは柔らかく、甘味すら感じる。但し、サイパンやテニアンの水は塩分を含んでおり、
飲料には適さない。
最近(2003年11月)ロタの自然水をボトルに詰めて、「ロタ・クリスタル」という名称でスーパーマーケットで売り出している。
その価格は500mlが50セント、1000mlが75セントでエビアン水などの半値である。
但し、ロタ島以外では買うことができない貴重な水である。
ロタの芸術家
この小さなロタ島にも10年ほど前から素晴らしい画家が住んでいる。
名前はマイク・ハートソックというカリフォルニア出身の白人で、本職は学校の教師をしている。
その作品は油絵のみで、ロタの自然や海を描くことが基本になっている。
具体的にはロタブルーの海を泳いでいるイルカやアスマンモス岬の海岸に打ち寄せてくる荒波など。
でも最近はロタの洞窟の壁に描かれているような、古代人が描いたような壁画チックな作品も手がけるようになってきた。
これもなかなかの物である。気に入った作品があったので一枚購入した。
ロタ飛行場の出国待合室の掛けてあるロタの歴史を表した絵やロタ・リゾートのロビーに飾ってあるイルカの絵も彼の作品である。
サイパンのレストラン「コーヒー・ケア」の壁にもマイクの絵が展示してあり、販売もしていた時があった。
その価格はリーズナブルで、作品の大きさによって200ドル〜1000ドルくらいであるが、
カリフォルニアでは彼の作品はロタの約3倍の価格で取引されているという。
また、彼はカヤックの名手でトライアスロンやオーシャンスイムの時には
東港の入口の一番波が荒い難しいポイントを受け持ってくれる頼もしい芸術家である。
残念なことに2004年に故郷のカリフォルニアに帰ってしまった。
このような小さな島は人の出入りが激しいというのが常である。サイパンでも同じである。
ロタ産バナナ・チップ
約3年前から一般家庭のオヤツとして作られ始めたお菓子。
材料となるロタのローカル・バナナは小振りで丸みがかっており、皮は非常に薄い。
そして、ジュ-シィ-で香がよく、甘味と酸味が強く、日本で売られているバナナとは全く種類が違う。
そのままで食べても非常にフルーティで美味い。
チップの作り方は、完熟バナナを縦にスライスして油で揚げ、熱で溶かした飴状の砂糖を絡めるだけいうシンプルなお菓子、
添加物は一切使われていない。
縦にスライスしてあるため細長い楕円形で、茶色い飴色をしており、パリパリとした食感がある。
日本で売られている黄色がかったバナナ・チップとは見た目も味も全く違う。
そして、各家庭で作られるため、味や食感が作られた家によってかなり違う。ロタのスーパーマーケットや飛行場の売店で売られている。
ロタ鹿(マリアナ鹿)
日本では口にすることができない鹿肉がロタ島では食べることができる。
その味は、肉特有の臭みや脂身がほとんどなく、牛肉よりも淡白で美味い、とされている。
しかし、近年になって、鹿肉にはコレステロールを多く含んでいる、と云われているが、
それほど頻繁に食べることができるものではないので、健康には影響はない。
その料理方法としては、ロタお決まりのBBQにして焼く方法、生のまま薄く切った肉を「フィナデニ」
(醤油にロタ・レモンと激辛のホットペッパーを加えたもの、極旨である!)に浸けて刺身で食べる方法がある。
中でも、特に上等とされているのは、レバーを刺身で食べる方法である。
ロタに行けば、いつでもどこでも鹿肉が食べれるか、というとそうではない。
許された狩猟期間以外には獲ることができないため、島民にとっても貴重な食材である。
当然、島のレストランでは供されていない。特別な日の食卓に出される家庭料理の一つである。
ローカルの家に招かれて、これが出されたら、歓迎されている客という意味である。
ロタブルー・トライアスロン大会やオーシャンスイム大会のアワードパーティのBBQ料理としてよく出されている。
この島には、野生の鹿がジャングルの奥に、未だにたくさん生息している。
特に、ウェイディング・ケーキ・マウンテンの頂上部分のジャングル地帯は鹿の特別保護区である。
また、野生の鹿はテニアンやサイパンなどの近隣の島には全く棲息していない。
ロタ産蜂蜜
マリアナ地域では唯一ロタ島だけで、養蜂が行われている。
といっても、サバナ高原で地元のおじさんが一人で営んでいるだけであるから収穫量は僅か、貴重な蜂蜜である。
この人は絶対に蜜蜂に刺されないということで、地元では「蜂の友達」と呼ばれている不思議なおじさんである。
他の島と違って、この島は自然が一杯残っており、1年中、ハイビスカス、
プルメリア、ブーゲンビリア、バナナ、パパイヤ、マンゴなどの多種多様な南洋の花が咲いている。
そのため、養蜂が可能なのである。
蜂蜜の味は、その蜂が吸う花によって微妙に味が異なる。
日本の物は、アカシヤやレンゲなどが多いが、ロタの蜂蜜は南洋の花やフルーツの味がする。
地元スーパーマーケットや空港やホテルで買うことができる。
このおじさんの名前はリチャード・アタリックと言い、
若かかりし頃の米軍人時代に、日本軍のハワイ真珠湾攻撃で大怪我を負ったという経験の持ち主。
未だにその時の怪我の後遺症が身体に残っているという。
ロタ独特の陽気でフレンドリーな習慣
マリアナ諸島の中でも、この人懐っこい習慣はロタでしか行われていない。
だから、グアムやサイパンの人間ですら、この習慣を不思議がる。
その習慣とは車同士ですれ違う時、運転手同士が軽く手を挙げて挨拶をするのである。
他と違うのは、その相手が知り合であろうと、なかろうと、そんな事はどうでも良いのである。
とにかく、軽く手を挙げて挨拶をするのである。
初めてこの島に来た人は「あれっ、知合いかな?」と思ってしまう。
パトカーや救急車でも例外ではない。流石、フレンドリー・アイランド、ロタである。
もし、サイパンなどで、運転中すれ違い際に手をあげる奴がいたら、そいつは間違いなくロタ者である。
ロタ島に生息する珍しい鶏
ロタには野生の鶏が生息している。それだけでも珍しいのだが、何とそれが空を飛ぶことができるのである。
但し、空を飛ぶと言っても一般の鳥のように大空を舞うのでなく、軽々と地面から木の枝に飛び上がったり、
木の枝から枝へ飛んだりするのである。
そのため、わざわざその生態を調査するために、
イギリスの鳥類学者たちが調査に訪れたこともある。それらはジャングルの中に住んでおり、茶色の体色をしており、
日本のものと比べると非常にスリムで一回り小さく、その動きは身軽で素早い。
そして、その肉の味は一般にスーパーで売られているチキンとは比べ物にならないほど美味いらしい。
ロタに生息する絶滅危惧種「フルーツ・バット」
フルーツ・バットとは南洋の島々に生息し、フルーツを餌にしている大型のコウモリのことである。
昔はどこの島にもたくさん生息していたのだが、最近ではその生息数が激減し、絶滅危惧種に数えられている。
この生息数が減少した原因は人間にある。というのは、このコウモリは非常に美味しいらしく、
ロタを始めとするミクロネシアの島々では昔から好んで食べられていた。要は、人間が食べつくしてしまったということなのである。
このコウモリの一般的な食べ方はスープの出汁として、である。
頭部から足や手のヒラヒラの薄い膜まで、全部ぶつ切りにして鍋の中に放り込むのである。
食べる時に、器の中にコウモリの顔が入っている時はギョっとする。
また、腕のヒラヒラが箸にまとわりつくなどして異様なスープである。現地の人は美味いと云って食べるが、
我々日本人にはコウモリのイメージが先にきて、落ち着いて味わうことができない。
しかし、これが食べられるのは、お金持ちの家の特別な儀式(パーティ)の時くらいで、滅多に口にすることはできない。
現在では、ロタ以外のマリアナの島々には野生のものは生息していない。
メチャクチャ美味いロブスター
ロタを始めとする北マリアナ諸島にはロブスターはたくさん生息している。
だから、いくら獲っても問題はない。ここではロブスターと云ってもオマール海老ではなく、
日本の伊勢エビのことである。大きいものでは全長40cmくらいのものが獲れる。
食べ方は、生のまま刺身で食べるか、普通にボイルするか、網で焼くかの3通りくらいである。
どの食べ方をしても美味い。ロブスターはミソをたくさん持っており、肉をそのミソに付けて食べると絶品である。
このロブスターは夜行性なので、獲るのは夜である。生息場所は切り立ったサンゴの根っこの部分である。
水深も5m〜10mの地点である。だから、これを獲るのは簡単ではない。
先ず、昼間に潜って、ロブスターが潜んでいるサンゴ岩を見つけておく。
そして、夜、それも満月の夜に、餌を探しにサンゴ岩の隙間から海底の砂の上に出てきた所をモリで突いて獲るのである。
島民たちは素潜りでそれをやってのける。危険な漁だから、1人では行かない。2〜3人が組みになって獲りに行く。
大体一晩で40〜50匹は獲る。そして、この獲物をホテルやレストランに売って小遣いを稼ぐのである。
珍味ヤシガニ
ヤシガニはカニと云ってもヤドカリの1種で、ミクロネシアを始めとする熱帯の島々ならどこでも生息している。
近年、北マリアナ諸島ではその生息数が激減し、保護動物に指定されている。その理由は、フルーツ・バットと同じく人間にある。
美味いので食べつくしてしまったのである。今では、サイパン島には殆ど生息していない。
テニアンにはまだ少し生息している。一番多く生息しているのはロタ島である。
このカニはジャングルの奥深くに生息しており、ヤシの木に上り、強力な2本のハサミを使ってヤシの実を切り落とし、
その皮を剥いて中身のコプラ(白い部分)を食べる。
しかし、雑食性であるため、肉や芋や果実なども食べる。夜行性であるため、その習性ははっきりとは分かっていない。
一生の大部分はジャングルで過ごすが、繁殖は海中で行われ、幼生時代は海で過ごす。
その味は少し癖がある。
ココナッツを食べている所為か、その肉にココナッツ・オイルの匂いがする。そのために、好きな人と、嫌いな人に分かれている。
ヤシガニはホテルや街のレストランでも食べることができる。というのは、禁漁期間以外には捕獲が許されているためである。
注意:素人が生きているヤシガニを素手で触ってはいなない。指がなくなるかも。