イベント報告
第10回lafuma青梅高水山トレイルラン!
2008年4月6日【日】
10th lafuma Ome Takamizusan Trail Run !!

■参加レポート(35km部)  奥宮俊祐(自衛隊大宮32連隊)
大西、号砲失敗! 思わず吹き出してスタートして行く選手たち。 先頭は渡邊千春選手と鏑木毅選手

「優勝」それだけを考えてレースに臨んだ。個人として今年最大の目標であるハセツネでの優勝。そしてその先にあるであろう目標を達成するために、自分にとって今回のレースは優勝しかありえないからだ。

山での走りこみ、トラックでのスピード練習、そしてコースでの試走・・・練習の成果が体に出ていた。平地でのスピードを維持しつつ、山を走るために必要な筋力の強化ができていた。それは自分でも驚くほどであった。

奥宮選手の同僚でありライバルの門倉輝明選手勝てる。自信はあったがレースの前日はやはりプレッシャーがあった。夢の中で、レースを走り、そして優勝。ヤッター!と思ったら目が覚めて、「なんだ夢だったのか」とガッカリする。そんなことが2回ほどあった。

レースの作戦は、“前半抑えて折り返してからペースを上げる”イメージトレーニングで作戦通り何度もコースを走った。どこで水分やパワージェルを補給するか等も決めていた。

レース当日は、春らしい暖かい空気と満開の桜やスイセンのおかげで、自分の緊張は和らぎリラックスしてスタートラインに立つことができた。それに加え、プオ〜ンではなくスカッ〜という失敗したあのスタート音もおかしく、緊張を解すよい材料になった。

実際のレースではイメージトレーニング通りの走りをすることができた。栗平給水所から完全な独走状態だったが余裕を持って走っていた。誰も来ないうちにペースを上げてしまいたい欲求を抑えて楽な走りを追求した。高水山常福院を折り返してからは体も気持ちも切り替えペースを上げた。すぐに、鏑木選手とすれ違う。後半ペースを上げると予想される鏑木選手は脅威である。追われるのは嫌であるが、来るなら来いと思えるほど心身ともに余裕があった。その後も順調に走り続け、夢で見たとおり優勝。そして2連覇。喜びとともに安堵感が全身にこみ上げた。

トレイルでの奥宮選手、超一流の走り今回優勝できた要因はいくつ考えられる。1つ目は、先にも述べた練習の成果。2つ目は十分な給水と補給食である。今回はパワージェルを4つ入れたボトルと、パワージェルを1つとアミノバイタルプロ2つを、薄めたスポーツドリンクで溶かしたスペシャルドリンクを用意した。これらのおかげで、水分不足やエネルギー切れを起こすことなく快調に走れた。3つ目は自分に合ったシューズである。トレイルを走るにはロードよりも更に足に合ったシューズを選ぶべきである。今回はモントレイルのストリークを使用した。

そして最後に、応援の力である。「奥宮さん、頑張れ!」と名前で、大会役員や地元の方、更には自分も苦しいはずなのにレース中の方からも多くの応援を受けた。レースは自分にとって勝ちを追求したものであり、楽しいことより苦しいことの方が多い。そのような時に名前で応援されるのは本当に嬉しく力になった。(出来る限り何らかの返事をしたつもりですが、返事をできなかった方はすいませんでした。皆さん応援本当にありがとうございました。)

最後に、謝罪があります。折り返してから多くの方と接触をしました。中には不快な気持ちになったり、恐怖を感じたりした方もいたと思います。本当にすいませんでした。また、コースは皆の物であると分かっていながらも、声を出してまで避けてもらったりもしました。この点は安全性や勝負の最中ということで、理解していただけると幸いです。

山で会った時には気軽に声をかけて下さい。皆さんお疲れ様でした。




■参加レポート(35km部) Mieko Carey(トレラン初体験) スタート前、永山グランドでのエアロビ風景青梅は私たち夫婦にとって日本での初マラソン大会、というのも私たちはサイパン在住で、サイパンでのトライアスロンと通じて今回オーガナイザーの大西さんと知り合いました、もともと4月には変える予定でしたが、日にちは決まっておらず、そこにこの大会のことを聞いて、ではこの大会にあわせて帰ろうということになりました。


【どうせやるなら35km!】
15Kと35Kがあるのですが、どうせやるならチャレンジ!!!せっかく飛行機に乗り遠い国からきたのだからと迷わず35Kにエントリーはしたものの、35K???のトレール!!!!しかもUP&DOWNがはげしい!!!!来る前から完走できるかどうか、何時間かかるのか緊張していました。大西さんからのメールで“緊張しないで歩いていいから”と、、もちろん、もちろん歩くに決まっています!!!!とほんとうにナーバスでした。

試合当日、会場についてみるとたくさんのランナーたちが準備をしていました。気温35度の国から来た私たちにはいくら皆が“やっと暖かくなってきた。”といっても“寒い”の連発です、しかも寒さ対策のランニングウェアーなども持っていませんでした。周りは長袖、ロングスパッツ、中にはロングソックスなども、私たちはというと、T-シャツ&短パン、気分は夏でした。
待っている間にトライアスロンで知り合った日本人の方々にもお会いし、少しずつ緊張はほぐれていきました。


【期待と不安のスタート】
スタート直後の選手の群れいよいよスタートです。スタートしてから10分15分は自分のペースというより、人についていかなければ周りにも迷惑かからし、体があたって怪我をする可能性も、ペースなどなくなりただひたすら安全に走りました。

私の主人と今回は“一緒に楽しんで走ろう”という目標を立てたのですが、あの中では一緒に!!!などは走っていたらかなりの迷惑!!!ということで、少しのあいだ個々に、、、狭いのぼりになると長ーーい列が!!!止まらずにいられません。

このようなランは初めてで、あの緊張はどこかへ、、興奮と楽しみに変わっていきました。のぼりの強い私は上りでは数名抜かすことがでも下りで、技術のないわたしたちは抜かされ、、、日本の方々は本当にすいすいと急な下りを簡単そうに降りて行きました。抜かされるたびに“すごいなーすごいなー”と感心しました。


【You can do it!!】
ブルーの短パンがミエコ選手スタート前のあの緊張、何時間かかるのかな、私たちにできるのかな、そんな距離は走ったことがないという不安もいつの間にかどこかへ、気ずけば折り返しのところに、お守りをしっかり首にかけ後は残り半分!。

主人と“We can do it!!”“We can finish!!” とだけいいながら後半へ、足はかなり疲れてきていました。普段のレースは逆、体はOKなのに、おなかが痛くなったり、気分が悪くなったり、今回は気持ちは最高!!!!でも体がついていってくれませんでした。レース後二人でどちらも辛いね!!なんて。

後半は歩く距離が長くなっていきました。お互いに“先行っていいよ”と言い合いますが、今回ばかりは一緒に!!!!レースというよりもレースを楽しみたかったのです。疲れていてもお互い励ましあい、景色を見てみたりと気分を変えてみました。


【ニッポンの桜】
満開の桜の傍を駆けるトレイルランナー桜を見たことのない主人は今回桜を見るのをとても楽しみにしていました。ラッキーなことに満開??!!とてもきれいな桜とすばらしい景色。とても感動です。といろんなことを考えながら、走っているうちに応援者の方からあと150mだよ!!と。

最後の力を振り絞りゴール!!!!4時間半と長かったですが、これからのレースの自身につながりました。

帰宅時の駅の階段、主人が“NO MORE UP & DOWN”と数日はフラットのUP & DOWNのない道を歩きたかったらしのですが駅の階段はまだまだつづきました。




■参加レポート(15km部) 松丸真幸(プロトライアスリート) 使用機材:サプリメント  MEDALIST、フリーダム2つ、メダリストゼリー1つ
     レースウエア  2XU:トライシングレッド
     パンツ     2XU:トライショーツ
     ランキャップ  2XU:トライアスロンキャップ
     ソックス    2XU:クールマックスソックス
     ゼッケンベルト 2XU:レース用ナンバーベルト
     アイウエアー  ALPINA:TRI-GUARD 40
     ランシューズ  SAUCONY:2857

成績:15kmの部・・・700人中6位

スタート直後、右先頭が松丸選手内容:今年で記念すべき10回目を迎えたlafuma高水山トレイルラン。今回は、宮古島の2週間前なので、距離の短い15kmの部に出場。これもトレーニングの一環なので、ほどほどで走ることに。

大会当日は、気温も高く桜が満開!絶好のイベント日和。トレイルランは、足場の悪いところを走る。シューズ選びが肝心だ。今回も昨年と同様に、サッカニーの2857をチョイスした。トレイルラン専用モデルではないが、15kmくらいの短い距離であれば、スピードの出るシューズが良い。また、この2857は、中足部に安定感があるので踏ん張りが利く。

スタートは10時20分。その前に35kmの部が10時に。私は、スタートの30分前に、フリーダムを摂取。ウォーミングアップで、登り坂を走って、心臓と筋肉に刺激を入れる。スタート地点へ。走る準備はいつでもOK。そして、号砲と共に、勢いよく飛び出す。

最初の800mは登り坂だ。ハイスピードで、登り坂をトップで通過する。登りきってからは、スピードを落として走る。10位くらいに後退してしまった。だが、感じとしては、腹八分の良いペース。焦らず順調に進んでいく。やがて5km地点を通過。前にスタートした、35kmの部の参加者が見えてきた。ここは、シングルトラックなので、大行列が出来ていた。今のスピードを維持して走りたいが、無理なライン取りは、怪我するかもしれない。ここは無理せず、声をかけながら、道を譲ってもらい先を行く。

しばらくすると、地面がアスファルトの道路に出た。ここは、長い下り坂が続く。道幅も広いので走りやすくなった。しかし、下り坂は、体に大きな衝撃がかかる。ここは、腕を大きく振ってバランスをとり、足に負担がかからないように走った。ようやく下り坂が終了。給水所が見えてきた。ここも人混みで大渋滞。水は欲しかったが、諦めた。あと半分だし、「まあ、いいか」と思って一気に通過。


トレイルを行く松丸選手今度は長い登り坂。途中、見晴らしの良いところで、オレンジが置いてあるエイドステーションがあった。嬉しい!オレンジを口に入れ、乾いた喉を潤す。頂上まで頑張って進む。そして頂上に到着。後は、ゴールにむかって帰るだけ。

ここからが勝負どころ。アップダウンが続く。足元に注意を払いながら、先行する選手を1人1人パスしていく。残り5km。ここからは、ダブルトラックなので走りやすい。だが、油断は禁物。ラスト1kmで、もう一人発見。しかし、道が下り坂なので追いつかなかった。あとは、気持ちよく流してゴール。

6位だった。トップと1分30秒くらいの差だったので、そんなに遅れることなく走れた。納得のいく結果だ。レース終了後は、エイドで再びオレンジをもらい食べる。また、疲れた体を素早く回復させるため、フリーダム、ゼリーを摂取。桜色の青梅鉄道公園を後にした。

感想:いつもご支援、本当にありがとうございます。4月に入り、いよいよシーズンが近づいてきました。頑張りますので、これからも応援宜しくお願い致します。

【あとがき】
松丸選手は「第24回全日本トライアスロン宮古島大会(4月20日開催)」で惜しくも優勝は逃しましたが、総合2位でした。




■参加レポート(35km部) 小屋原正子(トレラン初体験) 「大自然の山の中を走ってみたい!」
「どうせやるなら達成感のある、35kが良い!」

ただそんな単純な理由で、このレースへの参加を決めてしまった私。レースが終わって一週間経った今、よく完走したなぁ・・・と自分でも感心しつつ。こうして改めて振り返ってみると、多くのことを学び、発見させて頂いたレースだった。


【いざ、大会会場へ】
会場に集うカラフルな選手の群れまず会場に着いて最初に驚いたのが、女性ランナーの出場者が多かった事。しかも皆、カッコいいウェアーにグッズを身につけ、いかにも速そうなのだ!!年齢層も20代から60代と幅広く、それぞれ風格があって素敵!

中でも私の印象に強く残っているは、スタートで一緒だった60代くらいの可愛らしい小柄なご婦人。4月なのに、すでに小麦色に日焼けをしていて、首にはちょこっと紫色のスカーフらしきものを巻いている。。。バリバリのトレイルランウェアーではなく、軽装に身をまとっているところも、不思議な存在感と雰囲気を感じられずにはいられなかった。


【ついに、スタート!】
黄色のウェアが小屋原選手、快調なペースで先へそうこう考えているうちにスタート・・・!私も快調に全体のペースにのって走っていくと、気付いたら15K折り返し地点へ。一度15kコースを走ったことがあったので、正直この時点では余裕だったけれど、これから先は未開の地・・・。35kの長丁場レースは始まったばかりなのだ。

レース前に教えてもらった「登りは小股、降りは大股」との言葉を自分に言い聞かせながら、順調に進んでいく。

が、急激な登りが出てくる度に、「ここが高水山の急所かな!?いや、まだらしい・・・!」と自問自答のなか、何度も登りを繰り返していくと、山全体がパーっと見渡せる景色が飛び込んできた。なんとも言えない爽快な気分と感動で胸がいっぱいになり、大きな声で、「やっっっほーーーーーっ!!!!!私はこんな所まで登ってきたんだぁ〜〜〜〜!すご〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!」と叫びたい衝動にかられつつ、ふと気づく。

“ああ、あの木々たちは、なんてお行儀良く、美しく、整然と列をなして、そびえ立っているのだう・・・!!こんなに綺麗な山々と自然が、青梅にあったのか!!!

青梅に引っ越してきてから9ヶ月。一生知らずに死んでいたかもしれない、この近いようで遠い青梅の山々と、大自然に触れることができて、私は本当に幸せだぁぁぁ〜!!”


【高水山へ続く激坂】
高水山へ続く最大の難所を行く選手たちしかし、そんな感動に浸っていたのも束の間・・・。例の高水山の激坂が出てきた模様。薄暗い中、延々と続く急な上り坂を黙々と“小股”意識で登る・・・聞こえてくるのは自分の息づかいだけ。初めて口にするパワージェルを味わいながら、ひたすら未だ見ぬ高水山折り返し地点に向けて足を動かす。

折り返し地点で手にするお守りを首にさげ、勢い良く元気に下ってくる選手達とすれ違う度に、もうすぐかな!?と期待しつつも、ダラダラと続く砂利道の登り坂はまだまだ続く。

あああああ、しんどい・・・。と思っていた瞬間、なんとあのスタート地点で一緒だった紫スカーフのご婦人が、私の左サイドから、すたこらさっさと軽快に砂利道を走り上がってゆくではあ〜りませんかぁぁ!!!

やはりあのご婦人、只者ではなかった・・・!と思いながらも、そんな人のことなど気にしている余裕もなく、攣った脚を伸ばしながら登り続けると、ひょこっと階段が目の前に。ああああああああああ!!!ようやく辿り着いたんだぁぁぁぁ!!!!


【ああ、バナナが美味い〜】
常福院境内でバナナを頬張る選手たちなんとも言えない安堵感に包まれながら、高水山給水所に用意してあったバナナをほおばると、こんなにバナナって美味しかったっけ!?と感じるくらい、最高の味だった。

僅かな至福の時を過し、疲労の溜まり始めた脚をストレッチで励ましてあげながら、高水山の山奥で、バナナに水、飴やお菓子、黒砂糖など、たくさんの物を準備して待っていてくださった地元のボランティアの方々に、最敬礼する思いで給水所を後にした。





【たいへんなことに!!】
なちゃぎり林道を駆ける選手たち「降りは登りより楽だろう」そんな安易な考えは一気に吹っ飛んだ。私にとっての復路一番の苦しみは、急激な降り坂にあった。最初は快調に降っていたが、ある時から左膝に痛みを感じ、両脚太腿の前の筋肉が攣りだし、大変なことになってきた。

そもそも体は軽いほうではないので、急激な下り坂を、転げ落ちないように踏ん張って降りるとなると、どうしても体重が膝と腿にかかってしまうのは当たり前なのだ。試行錯誤しながら使う筋肉を意識的に変えてみたり、開き直って踏ん張らずに坂を降ってみたり、ロープを握って後ろ向きで降りてみたり。

そんな中、初めて見る巨大ミミズの死骸に2回遭遇。ランナーに踏み潰された模様・・・。“自分が踏まなくて良かったぁ・・・ああ、めちゃくちゃ気持ち悪いなぁ、でも、成仏してね!”と心で呟きながらひたすら下り続けると、脚の疲労が相当溜まってしまい、今まで登りでは感じなかった脚の痛みを感じるようになった。そして最後の方は、余裕をかましていた前半とは打って変わり、周りの景色なんてまったく目に入らず、気力で脚を動かしていたことしか思い出せないくらいだ。

そんな中、苦しい登り坂を登りきる上で大きな力となったのが、同じくらいのペースで走っていたランナーの方との励まし合いだった。アップダウンの繰り返しで、追いつき追い越せを繰り返していたので、自然にお互いの顔を覚え、辛い登り坂で一緒になると声を掛け合って、冗談を言いながら登りきった。


【おねちゃん、頑張れ!】
へばった背中を押してくれる嬉しい声援やっとの思いで栗平給水所まで辿り着き、トイレ、給水、ストレッチをしていると、ボランティアのお父さんに、「おねえちゃん、随分ゆっくりしているねぇ〜(大丈夫??)」との温かくも厳しいお言葉に背中を押され、もう少し休みたかったけど、疲れた体に鞭打って、ゴールを目指した。

今、改めて実感する。栗平からゴールまでが一番長くて辛かった!!!!フルマラソンでも、どんな長距離レースでも同じなのだろうが、ラスト5Kがどうしてこんなに長いのか!?

一番知っているはずの道のりだったのに、辛くて辛くて仕方がない・・・。
 そんな弱気な心が微かに出てきた時、それを知っていたかのように、とても不思議なタイミングで、背中を押してくれる人たちが登場したのには驚いた!

きっとその方たちは、どこが一番辛い所か知っていたのだろうか・・・??大きな声で喝を入れてくださった大会スタッフの方、笑顔で声援を送ってくれた、さわやかなお姉さん。私が死にそうになって走ってくる気配を後ろに感じて、そっと道の端に寄ってくださった、登山家の方々。


【走れっ!走れっ!走れっ!まさこっ!!】
あと3km!走れ〜!それでも、走っても走っても出てこないゴールを目指し、もう歩いちゃおうかな・・・と弱気な心が出てきたとき、どこか見覚えのある顔が・・・!?

「あと3キロ!もう少しだ!!走れ〜〜!!!!!」
「まささ〜〜〜〜ん!!走れ〜〜〜〜っ!!!!!」

あっ!あれはっ!!!!?スタートから私を見届け、ゼリーと飴を持って、ずっとここまで待ち続けてくれていた職場の仲間達だぁぁぁぁぁぁぁ!!! 

もうそれから私の頭の中は、「あと3キロ、走れまさこ!!」のリピート、リピート、リピート。先輩から手渡されたゼリーを口にして、左手には先輩の子どもがくれた飴を握り締め、脚の痛みを感じながら、

「走れっ!走れっ!走れっ!まさこっ!!」

それから走り続けていくと、すでにゴールを切った、かっこいい女性選手の人たちが、ゴール前で声援を送ってくれた。

「頑張って!!!あと少しっ!!!」
「はいっ!がんばりますっ!!!」と、心の中で私。

またこの声援が、なんとありがたかったことか・・・!!!!その励ましの声に力をもらい、走ること何分・・・?

あああああああああ〜〜〜〜〜〜!!!!!!
やったぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!
おわったぁぁぁぁぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!!!!!!!!!!!
もうこれで、この脚の痛みから解放される〜〜〜!!!!


【ゴールの瞬間!】
小屋原選手、ゴール!達成感と充実感の瞬間!!ゴールを切った瞬間、高水山折り返し地点で味わったものとは違った、生命の奥から湧き出る安堵感と、達成感と、充足感でいっぱいになった。もちろん私の体は崩壊寸前。地面にへたばって、しばらくの間は動けなかった。

でも、その時に自分の五感すべてで感じた、夕暮れ前の心地良い優しい太陽の光、爽やかな風、そして、永山公園全体を包む、キラキラ輝く緑とピンクの美しい自然は、今でも鮮明に、私の心の中に残っている。

改めて思う。人間、やはり一人では生きていけないなぁ、と。もしこの豊かな青梅の自然がなかったら、このレース自体開催されていなかったわけで、また、たくさんの方々とのご縁もドラマもなく、生命の底から味わった、あの安堵感や充実感も経験できなかった。

そう思うと、まずはこの偉大なる自然に対して、大感謝である。そして、この大会のために以前から準備をし、アットホームな雰囲気で包まれた素晴らしい大会を作り上げてくださった大会スタッフ、ボランティアの皆様、そして、応援してくださったすべての方々に感謝!!


【貴重な収穫】
実際、レースを迎えるまでにも様々なことがあり、当日走れるかどうかも分からなかった私が、無事にスタートをきり、ゴールできたのは、自分の力だけでなく、多くの方の励ましがあったからなのだ。

私の敬愛する作家の言葉にこうある。
『胸中の希望に光を注ぎ、燃えあがらせるものこそ、温かな「励まし」ではないだろうか。「励」ましという文字には「万」の「力」とある。まさに、人びとに「万」の「力」をおくるものこそ、心からの「励まし」である。』

私はプロのランナーでもなんでもない。もちろん早く走れるようにもなりたいし、トレーニングもしっかり積んでいきたい。けれどそれ以上に、多くの方が私を励ましてくださったように、私も日々の生活の中で、感謝の心を忘れずに、縁するすべての人に、心からの励ましを送り続けていける人間になりたいと願っている。また、改めてこのように思えたことが、高水山トレイルランレースに参加して得た、一番の収穫なのだと思う。

最後に、今回一番お世話になり、陰に陽にと励ましてくださった、大会主催者の大西さんに、心から感謝しつつ・・・!!!!!




■参加レポート(15km部)  宮地藤雄(lafuma所属)
エアロビでウォーミングアップ!4/6(日)快晴の中、僕にとって2回目の青梅高水山トレイルレース参戦です。昨年は30Kの部にエントリー。今年は15Kの部に参加です。去年も暑かったけど今年も暑い。そして35K15Kあわせて1800名!アツいです!今年度最初のレースという位置づけもありみんな気合が入っています。朝からたくさんの知り合いにも会うことができ同窓会のような状態に。

さて、レースのほうは9時からアップを開始。エアロビを見守りつつジョグで体を温める。10時前になるとスタート地点は35kのランナーで後ろが見えないくらいの大行列。


深い山の中に吸い込まれていく選手の群れ10時、35kスタートです。「プアーン!」と号砲がなるはずが「パスッ」と、なんとも気の抜けた音ともにスタート。みんな思わず笑顔でスタート。トレランならではなの和やかムード。いい意味でのゆるさですね。35Kのスタートをやり過ごして10時20分スタートの僕らも整列。35kに負けず劣らずの濃いメンバーが!これはスタートから飛ばす予感・・・。というわけで、腹をくくってスタート。

速い。やっぱりだ。最前列にいたのに一気に集団に飲み込まれた。ずるずる後退・・・。が、最初から置いていかれたらもう話にならない。決してだらだらしているわけじゃないのに・・・。ということで、必死に食らいつく。

集団というより縦長の列ですすむ。10から15番手くらいかな?3から4k行くと35kの部の最後尾に追いつく。林道への下りが 少し細く急でつづらになっているため渋滞したためだ。そのため止まっている方達は片側を開けて譲ってくれる、振り向いて声をかけてくれる方も。


頑張る宮地藤雄選手ここまできついペースで入ってきたので交わしていくのはしんどいが何より応援は元気が出る。しかし、同じ集団にいた人には下りの林道で大きく離された。登りで追いつくことを考えながら、水場で折り返す。

登りもシングルトレイルであるため前方のランナーも進むのに苦戦している模様。小さい集団を作って進んでいく。一人よりも周りが気づいてくれるので進みやすい。登りきると35kの部とは別方向へ。

前が一気に開けた。前方の選手も見えた。ここから5kほど。アップダウンを繰り返しながら、我慢の走り。順位はわからないけど、ともかく我慢我慢。前が見えた。残り約1K追いつけるか?もう完全なドタバタ走り。足音大きすぎ。苦笑。近づく前に気づかれてしまい、つめきれず5位でフィニッシュ。表彰は逃したけどトップと約1分差。目標タイムもクリアしたのでよしとします。暑かったし、きつかったけど、充実のレースでした。

最後に応援してくれた皆さん、道を譲ってくれた皆さん、さまざまな形でサポートしてくれた皆さん、ありがとうございました!!




■参加レポート(35km部)  清水舞美(トレラン初体験)
桜満開の春爛漫のぽかぽか陽気の中、初!青梅高水山トレランに参加してきました!!


【常夏、サイパンから】
左端が清水選手。なちゃぎり林道を行く実は日本人でありながら『南国・常夏・サイパン』在住のため、日本で走るのも、初めての場所、しかも35kmという山での長距離ランも、涼しい場所でのランも、こんなに大人数の大会も全くの初めてのこと!!とにかく『無事完走!』を目標に参加した今レースはまさに「きつい・しんどい・厳しい」のフルコースでしたが(笑)、いろいろな人に出会え、多くのことを学ぶことが出来たとても楽しい良いレースでした!!!




【手探りのトレイル】
とにかくコース予想が全くたたなかったので、抑え目ペース&周りのランナーに右へ習えでスタートしたこのレース。以前このレースに参加したことのある友人の話から、勝手にコースはひたすら山頂まで上りであとはただただひたすら下るコースだとばかり思っていたのですが、と、とんでもない!頂上までも、そしてゴールまでもほぼ全般で「これでもか!」というほどにアップダウンが続き、や、やられました(笑)

木の根、土、階段でなるトレイル。上りはほとんどが山登り状態で、階段部分に来ると他の方と一緒にひたすら徒歩で登山していたのですが何が辛い?って、登山の度に腰が痛くて痛くて、普通に走っていた方がもう何倍も楽、「早く走りたい(普通に走れる場所にたどり着きたい)〜!!」と心の中で叫びながら山登りしていました。これも初めて感じる痛み。ラン中に、まさか腰が痛くなるとは!


【まるで忍者!】
折返し地点の常福院エイドで一服。逆に下りは?というと、サイパンには無い全く初めてのタイプのトレイル!まさに「ひょえ〜っっ!」状態でした!気持ちはぐいぐい下りたいのですが、体が転んだりコントロールがきかなくなりそうで怖く、拒否!思いっきり下れないんです(涙)!他のランナーの方々はまるで忍者みたいにひょいひょい下りて行かれちゃって、私にはもう皆さんの背中に刀が、そして空中には飛び交う手裏剣が見えそうな勢いでした(笑) 素晴らしい!!

そんなこんなで登りで追い抜いた人たちに下りで抜かされ、また登りで抜かしては下りで抜かされ・・・の繰り返し(笑)皆さん後ろからどんどんとすごいスピードで下りて来らます。とろい自分の体が情けないやら申し訳ないやら・・・もう何度脇に避け道を譲ったか・・・。(さしずめ私は役どころだけは忍者映画の「姫」といったところでしょうか?)

しまいには「上りが良いんだからそんな下り方してたらもったいないよ!」と、親切な2人ほどのランナーの方に走り方のアドバイスをされる始末(笑)!(その節は本当にありがとうございました!!あの時はそれどころではありませんでしたが、とても貴重なアドバイスでとても有り難かったです*^^*)しかし。下りだけでなく、トップあたりを走られていたランナーの皆さんはきっと登りでもすいすい走られていたことでしょうね。圧巻です!


【腹筋が痛い!!】
飛ぶように下るトレイルランナーそんなアップダウンのおかげか、30kmまでは本当にあっという間でした。いつの間にか時間が経ち、いよいよラスト4〜5kmとなったところで・・・足はまだまだ大丈夫(ほっ)。でも、な、なんと!下りでスピードをコントロールするために使用していた腹筋が、下りで「ひょえ〜!」「ひえ〜!」と叫び続けながらどうやら使用しまくっていたと思われる腹筋が痛み始めました(><)!!

攣る一歩手前・・、とでもいうのでしょうか?ちょっとでも力を入れようものなら即攣りそうに痛く、思うように走れなくなってしまいました。これもまさに初めての体験です!徐々に遠くに青梅の町並みが見えてきて、あとちょっと!、の距離が永遠に続くと思われるほど長く長く、長かったです(苦笑) 久々に涙が出そうになりました!(笑)


【また、走りたい!!】
でも終わってしまうと、やはり、「あんなところを、しかもあんな大人数で走れてよかったな〜!!景色もすごかったし、もうちょっと同じようなタイプのところでトレーニングすれば私も忍者になれるのかも?!また再チャレンジしたらもっと違うかな!?」なんて、全ての思い出が良い思い出になってしまって、「もう2度といいかも。。」と弱気なことを思っていたはずが「また走りたい!!もっとこんな風に出来るようになりたい!!」に変わっているのは何故なのでしょう???


【桜の声援!】
桜の木の下を行く選手たちいろんなランナーの方がいて、いろいろなものを見れて、本当にとても楽しいレースでした!!!また、美しい青梅の桜、山、山上からの絶景、ボランティアの方やハイカーの方からの暖かい励まし(トランペットを持って応援してくださってた方がいたり、ハイカーの皆さんはわざわざ選手を数えていて下さって順位も教えてくれました!一番きつかった最後では、ハイカーのおじいちゃんに思わず弱音を吐いて甘えちゃいました。おじいちゃん、ごめんね!)、頂上で食べたバナナの甘さや付近の農家で取れたという甘酸っぱいみかん!何もかもが陽気以上にほんとうに暖かく、今でも鮮明に思い出せるほどに新鮮でした☆☆☆

また、こんなサイパンとの違いなんかもありますよ(笑)→→→ 例えば、全般ではやり空気が冷たかったです。始終鼻水が止まらず(決して花粉症ではありませぬ!笑)、走りながら拭うのが大変でした!また、背負っていたキャメルバック(給水バック)が外気に冷やされ、飲む度に冷たい水が出てきました。普段サイパンではお湯のようになってまずい思いをしているので、美味しくて「こりゃいいや!」なんて思ったり(笑)

そして何より、初めてのこのレースで無事完走しゴールにたどり着けて、本当に良かったです。道の途中で足が痙攣しストップされていらっしゃる方がたくさんいたり、転んで骨折されてしまった方もいらっしゃり、終わってからあらためて山トレランの厳しさのようなものを感じました(皆さまどうかお大事に!!祈)。


【チャレンジ・スピリット!】
それはまさに「きつい・しんどい・厳しい」のフルコース。でもその山を越えた先にはチャレンジした人だけが見れる何かが確実に待っています!!私?私は人生観?ランナー観ががらり、変わりました!!

7月に鳥取の皆生で初めてのアイアンマンレース(トライアスロンレース)が待っているのですが、フルマラソンも走ったことのない私。。。でもこのレースでの経験がある今ではもう、「怖いもの無し!!」な気がしてきました(笑)!

どんなにしんどくても、自分自身の体と頭で掴んで行くこと。止められません!!これからもいろいろなことにチャレンジして、自分を伸ばして行きたいです(^^) そしてまた青梅、チャレンジしに来たいです!

大西さんをはじめKFCの皆さん、青梅の皆さん、あの数時間を共有したランナー及びハイカーの皆さん、素晴らしい体験をさせていただき本当にありがとうございました***

これからも、Keep running!!です(*^_^*)
数日間今度は筋肉痛で「ひ〜ひ〜」言っていた清水舞美でした(笑)




■【NANBAN RENGO/35-kilometer run】
【Keren 3:39:35 136 out of 873 starters (247 were listed as DNF)】
毎年参加のKeren選手。みたけ大会にも参加。My worst result in one of my favourite races for three years (last year 2:50 for 30km). This year the distance of the long course was increased by 5km to 35km. This gave me a great excuse not to train seriously for this race as a PB was not possible. But this turned out to be a mistake as I found the extra 5km has taken this race to a higher degree of difficulty and is now much tougher. It is now a race for serious trail runners and some decent trail running practice is needed. There seemed to be many more well fitted out trail runners this year who carried packs full of food, drinks and all sorts of survival gear. One chap wore a huge backpack that looked to be suitable for a climb up Mt. Everest, but he still managed to hurtle past me with about 3km to go. I hope that the pack was full of newspaper. And I saw two runners being medivaced out by emergency helicopter. They didn't look to be seriously injured, but they were deep into the trail were there is no road access.

But even though it was very tough, it is still a great race and it was held in near to perfect conditions (clear, sunny and not too warm). Strangely though I think the course has been greatly improved. It is much brighter due to some tree clearing and an additional up and down road section was added. And one long section that was two ways is now one way which makes for an easier descent. And I say this after every trail race, but I do need to work on going downhills at high speeds as I have to move to the side to let most others fly pass me. I will be back! Congats to Jay for his 13th placing and sub 3 hour finish. And a big thank you to Teruyuki-san for arranging the after race hanami. The beers and pizza plus the nice weather and cherry blossoms made it a great picnic

【Rie 4:08:44】
トレイルを下るRie選手This time I succeed in releasing trauma experience. Yes, I retired from this race because of stomach trouble last year. This year my time was very slow but it was very fun and I am satisfied with this result.

I still haven't got the trail running. I was filled with apprehension on downhills because it was so scary. Please does anyone show me the ropes!





【Mark Feeley 3:49】
なちゃぎり林道を下るMark選手The Toughest Race I Have Ever Run. Coming into this race I expected it to be tough - what I didn't realise was exactly how tough it would be. I've run a few trail races in Japan - Takao (18km), Jinba (21km) and Mitake (15km) and they have all been tough. With trail races I've come to expect lots of climbing and lots of steep downhills. I don't mind the climbing, or running along ridges, but I've always taken the descents very carefully, happily letting other runners tumble recklessly past me like lemmings on suicide missions. Takamizu didn't disappoint with lots of climbing and lots of precarious descents.

My finish time was 3:49, which was about 49 minutes slower than I originally predicted, but in the end I was just happy to finish.

The weather was perfect and the scenery fantastic winding through the hills of Ome past small mountainside houses, cheered on by local residents and many hikers. At one point there was even a guy with cow bells and a sax. Thankfully there were also plenty of food and water stations offering bananas, brown sugar, umeboshi, candy. They saved my life on the way back.

Until just before the half way point I was feeling reasonably comfortable. I had been surprised to see so many people walking up hills early in the race, but coming up to the half way point I begun to understand why.

Just before halfway, there was a long climb up to the temple. I reached the temple in 1 hour 45 minutes, but the last climb had taken a lot out of me and I was thankful for the bananas available at that point. At half way I decided that in order to finish I would walk the uphills and freewheel the downhills, to try and conserve my energy. Even then I wasn't feeling confident about whether I had the energy to get to the finish.

On the way back, even walking the uphills was tough and I found I was getting passed by a lot of other runners, and using ropes where possible to help pull me up the hills. With 7km to go there was a long, winding road climb. Luckily there was a food station at the start of the climb and after eating as much as possible at the station I found myself not only running up the hill, but running quickly, fighting cramps in both quads and passing lots of other runners who were walking.

I thought the race was never going to finish. Even the last km, which I thought was going to be straight downhill threw up some small climbs, enough at that stage to bring you to your knees. It was so nice to finally see the finish line and a crowd of Nambanners cheering me home. I was so relieved that I managed to put on a bit of a spurt to the finish, squeezing the last drops of energy out of my legs, and as I crossed the finish line my quads seized.

Overall, the Takamizu trail race is a tough race, but I wouldn't want it any other way. Despite the pain, I had a great day and I'll be back next year to have another romp through the Ome hills.

【Teruyuki 3:24:01 80th overall】

【Shoji】
http://runshimo.blog.ocn.ne.jp/


【Gerard Frahill 4:15:34】
Thanks to Keren for getting me a late entry into the Ome trail race, though not particularly feeling like running 35K on Sunday morning I persevered, I couldn't let Keren down! Ome is a great spot on the outskirts of Tokyo and as a first timer there, it was good to get out of the city.

I was feeling pretty stiff from the track on Wednesday (must be age related) and a swim squad on Thursday (first pool session since Christmas in Australia), I toed the start line......literally we entered from the front, typical Gaijin! The first 3 to 4 K was OK, slightly uphill and a relatively wide track. Once we hit the single track at about 5Kish, that's when the fun started. What was explained to me as steep is a misnomer, this was a goat trail more suited to our four footed friends. There was some respite when we hit the concrete road at the first drink stop but that was short lived, time for a drink and to get some food in, it was back on the trail and uphill again.

Without any trail markers, it's difficult to know where you are on the course, and your watch is the best guide, but with slow up hills (walking/climbing), your pace is not consistent. When the 15k front runners went by, there was a realisation that fitness and running strength are relative, these guys could move. Apologies to Gerard for slowing him up! but it was good to hear a friendly voice out there. At just over 2 hours on the trail, I made it to the shrine. It was great to get to the halfway (I hoped), by the time I got there, the runners were taking a well earned rest, there was plenty of fruit and water available. After a short prayer at the shrine (to whoever was listening), it was back downhill again. Going back was easier than the climb up, but my 85Kg frame is not designed to go down hill fast, not upright anyway.

On the return route, there was lot of walking wounded, that explained what the backpacks were for! there were runners taping up ankles, knee's and applying various spray's etc, etc. The climb's were now down to a crawl, at some points, you had to wait for the runners/climbers to move ahead as the trail was that steep in places. (a good time to rest). The highlight on the return leg was coming across the rescue squad, and helicopter, apparently some runners were injured and had to be taken out by helicopter.......mmm, that's a worry. Once the clock hit 3 hours, I realised that this was going to be a long day and that a 4 hour plus run was on the cards. Once I accepted this, it was then a matter of pacing to ensure I got back in one piece without running out of energy.

Getting back on the wider track with about 4 K to go was great, you could run again. This is where I picked off quite a few places, it was all downhill from there and to finish in one piece was great. All up, the run is the toughest I have ever done. Marathon training does not come near this, if you dont have good leg strength, you will be in trouble. I was counting my blessings that I had been doing weight training for a while, otherwise I wouldn't have made it.

Thanks to Terry for the Hanami party after the race, there's a great sense of relaxation after a run like that especially once you've had few beers.


【Jay 2:59:23 13th overall】
南蛮連合のエース、いつもトップ15に入るJay選手http://jaydtrilog.blogspot.com/
I ran surprisingly well. Twice before I had run this race. Two years ago when the course was only 30 kilometers, I finished in 2:30. The extra 5-kilometers added some beautiful trail sections, but made the run significantly more difficult. I am not sure how I managed to improve on my previous effort given my recent lack of mileage in general, and lack of trail running in particular.

As usual, I intended to go out slow and enjoy feeling stronger later in the race. But I joined Keren, Gerard and Teruyuki near the front at the starting line and after the gun went off I quickly settled into the top 20 as we climbed the initial hill. By about 8k I felt worn out and wondered if I was in trouble - an uphill portion of the new section was so steep that I used ropes to help pull me up.

For almost the entire 3 hours I found myself passing a group of 6 other runners on the flat, uphill and paved sections and then watching in dismay as they simply blew by me on the steep downhill trail sections. When we arrived at the temple at the top of Mount Takamizu I made a point of ringing the gong and admiring the scenery (as the familiar group passed me yet again). At this point I was in 20th place. I suffered various cramps and stomach discomfort and sore thighs and hip pain and a wrong turn, but none of these slowed me down tremendously, and having done long triathlons I have grown more accustomed to working through various mid-race issues. For the last 15-kilometers I concentrated on working through one section at a time, uphill, downhill, ridge, etc., and managed to pass and maintain my lead over the group around me (including the fastest woman and a 52-year old guy). I was completely drained by the time I hit the finish.

I was one of the few runners not carrying water. It was a warm spring day, but the six aid stations were adequate replenishment for me. If I could find a really small, tight water belt I would probably wear it on a day like Sunday, but am glad I did not lug my current belt which drives be crazy bouncing up and down. Maybe next year I will carry the handy water bottle holder we were given by race organizers (see Shoji's blog for great pictures). I did carry 3 gels and a power bar in the pockets in my running shorts and was diligent about eating every 30 minutes which seemed to help.

I seem to be more competitive overall in trail races than road runs, yet within the trail races my strength relative to the other participants is overwhelmingly on the flatter and/or paved sections.

I very much recommend this event to other Nambanners (of course with a warning about the challenging terrain and distance).



■NANBAM RENGO/15-kilometer event
【ジェラルド  1:06:45 10th overall】
先頭集団を行くジェラルド選手昨日レ-スはおもしろかったです。青梅(Ome)(おうめ)山の坂,レ-ス時で時々険しかったでもいっしょけんめい走った。僕のタイムは(十五キロ)一時間六分四十五秒。なんばんれんご走った人おめでとう,よく出来た。レ-ス終わったらみんな桜見ながらちょっとあ酒を飲んだピ-ザを食べたゆっくりしていました。

Yesterday's race was interesting。Some of the time the slopes were very steep but I gave the run my best shot。My time:1.06.45。Well done to all the nanban runners who competed at the event, you all did well。 After the raced we all viewed sakura and relaxed with a wine, beer and a slice of pizza。


【Ed Clease 1.15.27 (20th of around 350 guys)】
満開の桜とEd選手Not the best kind of race for a 1m 87cm, short sighted, cowardly man from a country with (almost) no mountains, so I am pretty pleased to get top 20. If I do it next year think I will go for the full 35km - the 15km sprint is a bit mental, especially when you have to go off-trail to avoid the backmarkers from the 35km.


【Mutsumi 1:28:22 - 4th overall female】
http://spiridonsnetwork.ning.com/




【Yuka 1:42:21 (13th / 179 Women finisher)】
This was the 2nd trail race for me. I am a person who is really weak on up-hill running. But I felt my back is stronger than last year because of Michael's Yoga. The course was of course tough but we could enjoy a break several times because there were long lines and should have been waiting about for 10 minutes for up climbing. I had a confidence for down-hill but there were other monkey women on the mountain. I decided to buy a pair of trail shoes. Thanks Terry for taking care of us for Sakura party


【Chika - 1:44:40 - 15th overall female】
花見コースを駆けるChika選手The weather was perfect for this trail race and HANAMI. I love this race but because of my upcoming event, Nagano Marathon on 20th April, I couldn't involve this race much, as last year...no trail run' work out before the race. I thought it would be no problem for just 15Km as I ran 30Km in last year. But actually I had a problem..."down hill". It's so much scary thing to me, yet >:'( So, it happened again in this time, ran with very slow pass for down hill and saying "Dozo Itte kudasai (please go ahead of me)", "Kowaiyo! (I'm so scared)" or "Chotto matte!! (please don't be pussy)"... I was thinking even people passed me by at down hill, I would catch up or pass those people by. This is my favourite moment and expected much so in this time as well. But unfortunately my favourite up hill wasn't exiting because the pass way was very narrow and couldn't pass people by. We just moved in line. That's not a trail run race like but hiking!! Anyway today's race was just good work out but not exiting as 30Km in last year. Probably I will do 35Km race in next year.

Apart from the race, Hanami was very good, having nice piza & beer under warm weather surrounded with pink little blossom. Thanks to everybody and many thanks to Keren, Terry, and Ed's wife




■KFC徒然
スタートを待つ選手たち10:00amジャスト、上級クラス35km部が一斉に高水山境内を目指して永山公園をスタートして行く。続いて、20分後、中級クラス15km部の選手たちが先の集団を追うようにスタートして行く。(来年からは40分後を予定)

大会運営というモノは、前日の朝からこの時点まで、すなわち、大勢の選手を混乱なく競技コースに送り出してしまうまでがたいへんな大仕事なのである。ここから先は選手たちが主役となってレースを作り上げてくれる。


前日(土曜日)朝から、コース清掃や矢印標識の設置、本部会場のテントを設置、エイド用フルーツや水の給水地点への搬送、翌朝の受付準備や参加賞の準備等々・・やるべきことは多い。数名のスタッフは本部会場に泊まり込んで朝まで準備を行なう。大会前夜、多くの作業に負われて睡眠時間はあまり取れない。これはいつものことである。

我々裏方は選手を送り出した後、彼らがぞくぞくとゴールして来るまで、しばらくの間はスローな時間帯に入る。そして、この時間帯に腹ごしらえをしたり、水分補給をしたり、トイレに行ったりして次の山場、すなわち、選手のゴールに備えるのである。


【救助ヘリ要請】
栗平の山を行く選手11:30頃、ゴールしてくる選手を迎える体制も整い、余裕ができ、しばらく写真でも撮るかと思った正にその時、携帯が鳴った。

名郷峠付近で選手の安全を見守るコース監察のスタッフ(元消防隊員)からである。一人男性選手が転倒して膝をカットしていると言う。傷は深く歩ける状態でないと言う。悪いことに、この転倒現場は尾根道に当たり、この地点からでは背負って下るにも適当なルートがなく、車道までは遠過ぎる。

生命に係わる怪我でないが、即刻、立川にある東京消防庁の救助ヘリの要請をすることにした。決断は早いほうがいい。救助ヘリ要請は10年目にして「初」のことである。

問題は、山深い地点なので、現場の位置を正確に伝えるのが難しい。事前の打合せでは、万一、事故が起こった場合は、先ず、最初に大会本部に連絡するということにしていた。コース監察のスタッフと本部とは同じ地図を共有しているので、事故現場の特定は携帯を介してでも比較的容易だ。しかし、それを消防署に説明するのは非常に難しい。番地や目印になるものがない。それで、電話であれこれやるよりも青梅消防署(車で数分の距離)へ地図を持って事故現場を説明に行く方が早いと判断し、即、消防署に向かった。


自衛隊の完全優勝を阻止したカリスマ、鏑木選手。その動きと並行して、事故現場のスタッフは直接119番で救助ヘリの要請をすることにした。現場の状況や位置関係を説明するには、大会本部を介するよりも現場からの状況説明が最も有効である。

樹木が生え茂っている場所では、上空でホバリングするヘリへ怪我人を吊り上げることはできない。救助ヘリの隊員と携帯で打合せした結果、木の生えていない小高い山頂まで怪我人を連れて行くことになった。携帯で救助ヘリ本部と交信しているスタッフとは別に、事故現場近くにいた別のスタッフが怪我人を移動させるために駆けつけた。その時、運よく常福院から折り返して来たKFCメンバー(選手として参加していた)との2人で目的の小高い山頂まで怪我人を担いで移動させた。

そうそうしている内に、立川基地からヘリがやって来た。立川から青梅までは10分ほどで到達できると言う。先ず、救助ヘリは目的地の上空でホバリングして吊り上げることが可能かどうかテストを行なった。可能ということが判明した後、一旦ヘリはその場を離れた。そして、近くにヘリ隊員を降下させた。彼らは怪我人を担架に縛り付けたりして、吊り上げる準備を整えた。それと同時に再度救助ヘリが目的地の上空にやって来て、怪我人をテキパキと吊り上げたのである。頼もしい!彼らの活躍には感動すら覚える。


黙々と高水山を目指す選手の群れまた、ちょうど同じ時間帯に、一人の女子選手がこの現場近くで足を捻挫して動けなくなった。そこで、この選手も小高い山頂の目的地点まで背負って行き、ヘリに吊り上げてもらうことにした。まさに不幸中の幸いだ。

救助ヘリが吊り上げ作業を行なっている間、コースを遮断する必要があった。その間、競技を中断して待ってもらった選手の皆さん、ご協力ありがとうございました。

また、救助ヘリの現場到着と同時に地元青梅消防署の隊員2人がソリ(怪我人搬送用)を背負って、斜面を駆け上がって来てくれた。これまた、頼もしい限りである。このような頼もしい人たちや組織があるからこそ、我々は安心してこのようなスリリングで楽しいスポーツができるのである。肝に銘じておかねばならない。感謝!


女子の実力者松浦真由美選手以前から、この大会は「青梅山林災害対策協議会」の協力を頂いている。この組織は森林を山火事などの災害から護るための組織で、青梅消防署や青梅森林組合などで構成されている。そんな関係で、毎年、大会直前に青梅消防署に出向き、大会概要やコース図などの情報を提出し、競技スケジュール等々を打ち合わせておくことにしている。このことがこの度の素早い救助に功を奏した。

因みに、スタート地点の横断間に掲げてある標語「伝えたい、森のやさしさ、火のこわさ」はこの協議会の標語である。また、会場で配布した「応急バンドエイド・セット」もこの協議会から供給されたものである。

息つく間もなく、午後1時頃、スタート地点から2.5kmほど奥に入った地点で膝を怪我して動けなくなった選手がいると連絡が入った。彼女を救出するために、やむを得ず、コース上、車を逆走させねばならなかった。この時、コース脇に避けて車を通して下さった選手の皆さん、ご協力ありがとうございました。


影ながらレースの安全を見守って下さる青梅消防署隊員、感謝!今年は病院に搬送した怪我人が6名。全てが転倒による怪我で、膝をカットした人が2名、捻挫が1名、腰の打撲が1名、掌を深くカットした人が1名、顔面を痛打した人が1名であった。その他、小さな怪我やすり傷は救護班で消毒やバンドエンドで対応した。山のレースに怪我は付きものと言われているが、ひとつのレースで6名も病院に搬送したのは10年目にして、「初」のことだ。今まではひとりあるかないか、である。

因みに、昨年はゼロだった。理由はどうあれ、怪我人を出してしまうと、怪我した人に申し訳ないと云う気持ちが先行して、大会自体が成功しても、手放しに喜ぶことができない。大会終了後の遅めの昼食会も空気が重い。

昨年の参加者申込み数は約1500人、今年は約1800人である。参加人数と怪我人の数とは比例しておらず関係があるとは思えない。全ての転倒現場はスタート地点に比較的近いイージーな場所だ。

翌日、関係各所に報告に伺った際、消防も警察も一応に言う「なぜ、あんな何でもない地点で転倒したのだろう。」と。このコースは誰もが楽しむ東京都のポピュラーなハイキングコース、高い山にありがちな危険なトレイルでは決してないのだが・・・?最近の山ブームで山道に不慣れなトレラン初心者が多かったのだろうか?

原因を追究して、来年からは怪我人を出さないようにしたい。常々、「スポーツは冒険とは違い安全が第一」と考えている。


【あっと云う間の10年】
ベスト・ショット!!今年は一つの節目となる第10回大会だった。1999年に第一回大会を立ち上げてから、今日まで「あっ」という間の出来事だった。最初の頃は山の中を駆け抜けるというスポーツに市民権はなく、超マイナーな存在だった。それが10年経った今、多くの人に認知され、トレイルランと云う言葉も生まれ、各種スポーツメーカーもドンドン機能的なウェアやシューズを発売し、マーケットとしても成熟してきた。

記念すべき第10回大会と云うことで、秋頃から如何に参加者を楽しませようか、驚かそうか、と考えていた。会場に来た参加者が「これから何が起こるのだろう」と期待で胸をワクワクさせる様なイベントにしたいと常々考えている。これがなかなか難しいことなのだが・・・。(来年から賞金を出そうかなあ・・・検討中。)


竹林を駆ける選手たち結局、これまでの30km部を5km伸ばして35kmとし、KFCお得意の古道復活作戦に打って出ることにした。もちろん、先頭に立って古道復活させたのはKFC山スペシャリスト五十嵐さんである。中級クラス15km部はそのままである。

榎峠より奥は速い選手と遅い選手が対面しないように上り専用コースと下り専用コースを造ることにし、そのために榎峠からなちゃぎり林道へ続く古道を復活させることにした。KFCお得意の土方作業である。

夏場の茂った緑が枯れ始めた秋頃から作業を開始した。草木に埋もれてしまっていた道の草を刈ったり、はみ出した枝を切ったりして、2月頃には何とか山道らしきものが出来上がった。その一部の区間には激坂があり、足元が滑り易い土がむき出していた。しかし、上りの一方通行だから、脚への負担は大きいが危険はない。コースに沿って生えている木に補助ロープを張ることで対応した。





【森の中にオアシス出現!】
青木さん宅の庭を行く選手たち。行進・・?3月に入って、試走に行ってみると、補助ロープを張った激坂部分に滑り止めの足場が作ってあるではないか。それも柔なものでない。丸太を切って、斜面に階段状に並べ、杭でしっかり固定されたものである。これだと雨が降っても滑ることなく確実に上ることができる。我々のような素人ではこれだけのしっかりした仕事はできない。

造ってくれた人はすぐに分かった。白岩地区に住む人が善意で作って下さったのだ。この人は青木さんといって、数年前からこのレースにたいへん協力して頂いている。さらに、コースの一部に自宅の庭まで開放して頂いている。白岩給水場から榎峠方面に戻る途中に個人のお庭を通り抜けさせてもらっている箇所がある。前山からの湧き水を庭の小さな池に引き込んである「あの家」である。この家が青木さん宅である。我々には頼りになるよき理解者である。


山中にオアシス出現・・・この巨大なバックバッグは何??さらに、レース当日には、榎峠から高水山への上り口に仮設の給水場まで設置して下さった。45リットルのポリバケツにホースで水を送るというやり方である。本当に有り難い。栗平給水場(スタートから7km地点)から高水山常福院境内まで約10km間に亘って給水場がない。それは選手にとって可愛そうだということで、青木さんが自宅の水道からホースを引っ張ってきて作ってくれたものだ。

引っ張るといっても生易しい距離ではない。100mほど離れており、急斜面を引っ張り上げなければ設置できない。水圧に関しては、簡易水道タンクがさらに高い山腹にあるため、問題なかったそうだ。この日は晴れて、暑かったので、選手にとっては救いの水だ。大勢の選手が飴に群がるアリのように、山中で突然出現したオアシスに群がっていた。


【ここでとれたみかんです】
開けた空間、栗平を抜ける選手たち今年は15km部も35km部も青梅の隠れ里「栗平地区」を通過するコース設定にした。ここは甲斐武田氏末裔が住みついた里と言われている所で、周囲は深い森に囲まれているが、ここだけ樹木がなくポカンと開けた空間になっている。そこには我々日本人にとってどこか懐かしさを覚える風景が広がっている。戦国時代の武士が出てきても違和感がないような空間だ。

この時季、菜の花や紫ツツジなどが咲き乱れて、美しい里だ。この空間に入って来ると、「ここは何だ?」という感じで、皆一様に驚いたように周囲を見渡している。しかし、トップを争っているような速い選手は一瞬の間にここを駆け抜けてしまう。勿体無い。


みかんを配って下さった「賢治の学校」主催者萩原さんここには自然農を実践している「宮沢賢治の学校」がある。斜面に大きな夏みかんの木があり、黄色い実がたくさん生っている。レース当日、この学校の人たちが夏みかんを山ともいで来て、食べやすいようにカットして、「ここでとれたみかんです」というメッセージと共に、ここへ続く激坂で弱った選手に配って下さった。

疲れた身体に天然クエン酸&ビタミンC補給は有り難い。「みかんエイド」のことはレース終了後に初めて知った。ここの人たちが選手の皆さんの通過を歓迎して下さったのだ。大感謝である。




【頼もしい応援団】
境内のエイドを切り盛りして下さる成木の人たち今年も成木7丁目の人たちが自治会を挙げて大勢スタッフとして協力して下さった。成木7丁目というのは高水山の麓にある自治会である。持ち場は、折返し地点の高水山常福院境内の給水場やなちゃぎり林道のコース監察である。

さらに、大会日のヘルプだけでなく、大会日2週間ほど前に自治会の人たちが力を合わせて、冬の間に荒れてしまったなちゃぎり林道を選手の皆さんが走りやすいように整備して下さった。この林道の山肌は脆く非常に崩れやすい。整備をしないと冬場に崩れた大小の岩や多量の土砂が道を塞いで危険だ。これは冬の寒さが原因で、土中に浸み込んだ水分が凍って霜柱が岩や土を持ち上げ、融けるとそれらが林道に崩れ落ちるのである。

運がよければ、この林道をシカやカモシカやリスやキジが横切る場面に遭遇することができる。ちょっと得した気分になる。因みに、これらの動物は人に危害を加えることはない。

白岩自治会の人たちも、これまた自治会を挙げてサポートして下さっている。今年も給水に関しては全面的にお願いした。今年は給水場の位置をずらした関係から自治会館の軒先を選手が走ることになった。昔から会館の軒先に1トンほどある大きな岩石が置いてあった。それが選手の邪魔になるということで、いつの間にか隅っこに退けてあった。この気持ちが嬉しい。大感謝である。

また、スタート地点付近の永山ハイキングコースには麓の青梅市街の人たちが応援に上がって来てくれ、奥に駆けていく選手たちに声援や拍手を送っていた。中には、トランペットを吹いて応援してくれた人もいた。10年経ってようやく地元のイベントに定着したと感じる瞬間だ。この先の10年後はどうなっているのだろう・・・?そんな先のことを考えるのは止めよう。先ずは来年だ。


【高水山常福院のお守】
選手の到着を待つ「お守り」たち遥々、永山公園から常福院境内まで駆け上がってきた選手には、その証として首に常福院のお守りをかけてもらう習わしになっている。選手たちは皆、本堂の前で一礼して、お守りを首にかけてもらうのである。他のレースでも、このお守り持って走るとタイムが良くなったという声を時々聞くようになった。高水山パワーだ。それ故、普段の日にこのお守りを頂きに常福院までやって来るランナーがいるくらいだ。

このお守りには首にかけるための紐が括りつけてある。その作業は住職の清水さんが当初からやって下さっている。200〜300個のうちは大したことなかったそうだが、1000個を超えると、もうたいへんな作業だそうだ。数日前から奥さんと夜な夜な紐付けをして下さっている。その紐が絡まらないようにするのも一苦労だ。できた順に竿に通していくそうだ。そして、当日朝、境内まで駆け上がってきた選手の首にすぐにかけられるようにスタンバイしておくのである。感謝!


【竹内青梅市長とエアロビクス】
消防団制服でスピーチされる市長今年も開会式には竹内青梅市長が出席して下さった。同日、ほぼ同時刻に消防団の任命式があったので、消防団のユニフォームを着て出席された。ご多忙の中、有り難いことである。

竹内市長は青梅マラソンや東京マラソンにも参加されているマラソンランナーである。ぜひ、このトレイルランと云うレースにも参加して頂きたいと思っている。

当初から本大会の式典は非常に短い。竹内市長のスピーチに続いて大西が簡単に注意事項を伝えるだけだ。こんな場で長くしゃべっても誰も聞かないと相場が決まっている。


左から大野、鈴木、秋山さん。いつもお世話になっています。続いて、ウォーミングアップを兼ねたエアロビクスを20分間行なう。このエアロビを楽しみしている選手も多い。10年前からこのパターンは変っていない。インストラクターも10年前から鈴木さん、秋山さん、大野さんのカッコいい3名だ。スピーチからエアロビへと阿吽の呼吸で進行していく。

毎年のことだが、エアロビが始まると、会場の選手たちの意識が一つになっていく。皆、楽しそうにニコニコしながらリズミカルに身体を動かしている。徐々に、皆の気持ちが高揚し、レースモードに切り替わって行くのが見て取れる。これが終わるといよいよ競技開始だ。


【試走もひとつのイベントに?】
2月上旬、雪道を試走するランナー年が明けた頃から徐々に試走に訪れるランナーが目に付くようになった。彼らに背中を押されて、我々もコース図やサインボードをコース上の分岐などに取り付けた。2月上旬に大雪が降った時も、大勢のランナーが雪道試走を楽しんでいた。

3月に入ると、平日でも、さらに、週末ともなると100名以上のランナーが試走を楽しんでいる。皆さん本番さながらの機能的なカッコいいウェアに身を包んで、青梅の山を楽しまれていた。試走もひとつのイベントになってしまったように思える。このコースはJR青梅駅から徒歩5分と云う立地条件の良さも大きな魅力だ。手軽に大都市東京の大自然に触れることができるのがいい。

ほとんどの人が早朝から山に入り昼過ぎには試走を終わらせて、帰って行く。しかし、中には夕方から山に入るランナーもいる。幾らハイキングコースとは言え、これは危険だから止めた方がいい。夕方5時頃から「榎峠(10km奥)まで試走する」という一人の女性ランナーに出会ったことがある。思わず「えっ!・・・」と、これには耳を疑った。無謀としか言いようがない。止めさせた。

この大会は、他の大会に比べ、女子選手の参加多いのも特徴の一つだ。35km部と15km部をあわせると約420名もの参加があった。


【雑誌の取材】
4月22日発売号の雑誌「ランナーズ」に本大会の様子が・・今年もマラソン雑誌「ランナーズ」と雑誌「山と渓谷」と雑誌「トレイルランナー」(ノースランド出版)という3誌の現地取材があった。取材が入るということは、それだけ世間に認められているということ、我々運営サイドにとっては嬉しいことである。

「ランナーズ」は4月22日発売号に、「山と渓谷」は5月発売号に、雑誌「トレイルランナー」は月刊誌ではないために9月に、本大会の模様がカラー写真と共に掲載される予定。また。各雑誌社のスタッフもプライベートでたくさん参加され、青梅の山を堪能されてた。



【最強軍団、自衛隊大宮32連隊】
左から小河内、岡田、斉藤選手。大宮32連隊今年は奥宮俊祐選手を筆頭に自衛隊大宮32連隊の活躍が目立った。35km部の総合1〜3位、15km部総合1〜3位の合計6名の内、5名が大宮32普連であった。唯一、カリスマ的存在の鏑木毅選手(群馬県)が35km部の2位に食い込んだだけだ。4位には実力者渡邊千春選手(東京都)が入った。因みに、優勝は連覇の奥宮俊祐選手(埼玉県)、3位は2004年度大会優勝の門倉輝明選手(東京都)。

15km部優勝は岡田翔選手(埼玉県)、2位は斉藤和秀選手(埼玉県)、3位は大宮32連隊のリーダーである小河内吉哉選手(埼玉県)である。因みに、4位は昨年優勝の村井涼選手(山梨県)で、彼も自衛隊員である。


国内無敵の櫻井教美選手女子35km部の優勝はトレイルランの世界では国内無敵の櫻井教美選手(東京都)である。総合でも16位は立派だ。また、2007年の100kmマラソンの世界チャンピォンでもある。

競技中の彼女の体から発するオーラはすごいものがある。体全体の筋肉を総動員させて、すこしでも速く前へ進もうとする意志が見て取れる。彼女が駆けて来ると、姿が見える前から、「ハァー!ハァー!」と体の奥から搾り出すような息遣いが聞えて来る。こんな選手は他には知らない。2位は松浦真由美選手(埼玉県)、3位は小林知美選手(神奈川県)。

女子15km部優勝は連覇の郷亜紀子選手(神奈川県)、今年の彼女はミニ・スカート姿の女子高生スタイルで出場し、道行くハイカーや給水スタッフの話題をさらっていた。2位は宮本貴美選手(東京都)、3位は芳賀みどり選手(東京都)。【レース結果はこちら

本大会はその年のトレイルラン・シーズンを飾るオープニング大会として多くの選手が位置づけている。今年のシーズンも優勝した奥宮俊祐選手と櫻井教美選手のふたりを軸にレースは展開されるだろう。

では、皆さん、来年も桜の時季は青梅でお会いしましょう。



【後援】高水山常福院、青梅山林災害対策協議会、東京都森林組合青梅事務所、成木7丁目自治会、白岩自治会、栗平自治会、宮沢賢治の学校、青梅市教育委員会、青梅市体育協会、青梅市ふれあいセンター、VAAM、パワーバー 、NATHAN、lafuma

【写真提供】舘岡正俊さん、西田光男さん、中村清隆さん、市川幸次さん