2006年11月18日開催の「第13回ロタブルー・トライアスロン大会」の後日談と言ういうか、 何と言おうか、我々にとって、ロタ島を離れる前夜(11月19日)に、この滞在中の最大のハプニングに見舞われた。
いつも大会開催で訪れる時は、レースに使う品々で、どうしても荷物が多くなってしまう。 その為、服などは極力最小限に抑え、コインランドリーで洗濯をして使うことにしている。 だが、レース日間際になると、忙しくなって、その洗濯もままならず、4〜5日間ずっと溜め込んだ衣類が山となるのが常である。 すでに残りのTシャツや下着が一枚もなくなった大会日翌日の夜にその大事件は起こった。
やっと洗濯するための時間が取れ、いつものようにシナパル村のコインランドリーへ行って、洗濯をし、 その後、乾燥機に移し、そして、夕食を食べにソンソン村へ行った。 この夜は、未だ島に居残っている友人たちと「トンガ・カフェ」へ行ったので、 帰ってくるのが10:30pmと少し遅くなった。
日本でのコインランドリーでは洗濯中に離れたりはしないが、ロタはとても治安が良く、 犯罪などほとんど起こらない。だから、いつものように、洗濯物を置き去りにしても、 何の問題もないと思っていた。過去10年間以上もそうしてきた。 そして、「トンガ・カフェ」で夕食を終えた後、乾いた洗濯物を乾燥機から引き上げて、それで終わるはずだった・・・。
ところが、その日は違っていた。乾燥機の中には空っぽなのである。 乾燥機から洗濯物が忽然と消えていたのである。 周りを隈なく探しても、何一つ落ちていない。 痕跡もなく、跡形もなく消えていたのである。
冷静になって、よく室内を見渡すと、広いコインランドリーの奥の薄くらい隠れた所に小さなドアがあった。 管理人の部屋だろう。何か知っているかも知れないと思い、ノックした。 中からフィリピン人の女性が不審そうに出てきた。 コインランドリーの隣のスーパーで働く人で、コインランドリーとは関係がなかった。 しかし、取り合えず、事情を話し、何か知らないか聞いてみたが、何も知らないと言う。
と云うことは、一瞬にして、今、身に着けているモノ以外は、Tシャツも下着もなくなってしまったのである。 まさに「一寸先は闇」である。たかが洗濯物だか、この状況下で洗濯物がなくなったのには困った。 本当に困った。怒りと同時にガッカリした気分になった。
しかし、このままにはしたくないと思った。盗んだ奴を許すわけにはいかないと思い、 その女性に「今すぐこの場に警察を呼ぶので、電話を貸して欲しい。」と頼んで、警察を呼んだ。 そのフィリピン人はきっと、“この日本人は、たかが洗濯物くらいで…厄介なポリスを呼ぶの!?”と 思ったのだろう。
我々の剣幕に驚いて、裏手にあるバラックス(外国人出稼ぎ労働者が住む粗末な家のこと)から他のフィリピン人を二人呼んできた。 一人はフィリピン人女性、もう一人はフィリピン人のオカマちゃんだった。最初の一人を含め、 三人のフィリピン人には何の関係もなかったが、成り行き上、一緒に警察が来るのを待った。
怒り心頭で、並んでいた数台の洗濯機を思わず素手で数発ガン、ガン、ガンと殴った。 二人+オカマちゃんは「こわいよ〜」と言って、寄り添って抱き合っていた。 もちろん、我々ははその三人に何の危害も加えようとは思わないが、洗濯機を殴ったので、 そのピリピリした空気から、相当に恐怖を感じたのだろう。
約10分後、若い警察官が一人やって来た。彼はパトロール部門のノエル・カルボと名乗った。 その若者ノエルに「すぐに乾燥機からフィンガー・プリント(指紋)を採れ!」と言ったら、 すまなさそうにロタにはフィンガー・プリントのツールはない、と言った。
続いてプロセス(事情徴収)に入った。盗まれた状況を事細かに聞いて、書き留めていった。 まず、自分達が日本から来たKFCメンバーであることや今置かれている困った立場を説明した。 すなわち、明日から着る服が全然ない事を。 彼は前日のトライアスロンレースに警察官としてトラフィック・コントロール部門に参加しているので、 我々のことは百も承知していた。
次に、時間的経過などを話し、洗濯物の内容や色、量、種類等々、事細かに話した。 彼も全部漏らさず書き留めていた。盗まれた衣類には、 前日のトライアスロン大会のオフィシャルTシャツ(胸にはメイヤーズ・オフィスのオフィシャル・シール入り)、 KFCのスポンサーでもあり、友人でもあるGeorge阿部から貰ったカッコいいオレンジ色「BODY TUNE」ロゴ入りTシャツ、 芝崎さんからもらった黒色のインドネシア大津波の被災者支援Tシャツ(インドネシアと日本の国旗入り)、 宮塚英也選手から貰った黄色いペッパー柄の靴下など、お気に入りのモノがたくさん含まれている。
且つ、それらは相当なレア物なのである。さらに、6枚のパンツ全ては、 サイパンのDPS(ディューティ・フリー)で買い揃えたお気に入りの「カルバンクライン」ときている。 これはブランド物に興味のない大西が唯一持っているブランド物なのである。盗った泥棒もビックリしたことだろう。 ヘンなモノばかりを盗んでしまったと・・。
我々の知識と現場状況からして、犯人はチャモロ人とは考えにくかった。 なぜなら、チャモロ人は身体が大きくても、気はとても小さい。 だから、洗濯物をごっぞり全部持っていく勇気はない。 もし、島民の誰もが欲しがるトライアスロン・オフィシャルTシャツが一枚だけなくなっているのなら、 チャモロ人が出来心でやったと考えることもできるが・・・・。そうではない。
ノエルは現場状況をメモしながら、“盗んだ相手が悪かったな。選りによって、KFCのものを盗むなんて。 それに、こんなすぐに足のつきそうな洗濯物盗むなんて、間抜けな奴”と心の中で思っていたに違いない。 この呟きがノエルの口から今にも聞こえてきそうであった。その後、一応、三人のフィリピン人にも事情聴取をした。
そして最後に犯人について何か思い当たりはないか、と尋ねられた。 そういえば、洗濯機から乾燥機に移しに来た時、建物の中に白人の女性が一人いた。 その時いたのは、その彼女一人。彼女は、後になって思えば、挙動不審だった。 洗濯物も持たず、洗濯をしている訳でもなく、コインランドリーの中をひとりでウロウロしていた。 眼も空ろで、一見にして、奇妙な感じを受けた。
ノエルから「駐車場に車は停まっていたか?」と尋ねられた。 「2ドアの緑色トヨタ・ターセルが停まっていた。」と告げた。 すると、彼は“シナパル村の学校の先生・・・!?”と呟いた。 ロタは小さい島なので、緑色のターセルは島に3台しかなく、 誰がどんな車に乗っているかも簡単に分かってしまうのである。
彼は、この後、ソンソン村の警察署に帰り、調書を作って捜査に入ると言った。 夜の11時だったので、明日の連絡先を尋ねてきた。我々は明日夕方の飛行機でサイパンへ発ってしまうので、 その前にメイヤーズ・オフィスに大会後のお礼を兼ねた挨拶に行く予定にしていた。 だから、メイヤーズ・オフィスのメイヤー(市長)・イノスへ連絡を 入れておいて欲しいと告げた。
しかし、警察からいきなりメイヤーに電話がかかってくるのも失礼なので、 翌朝一番にメイヤーに電話をかけ、昨夜の事情を説明した。と同時に、 KFCロタ・メンバーでもあるマリアナ観光局ロタ支部局長のトミー・カルボ(昨日、事情聴取に来たノエル・カルボの叔父に当たる)、 ロタ選出の上院議員でもあり、マリアナ政府観光局理事のエド・マラティタ(彼もKFCロタ支部メンバー)、 今年のチェアマン(大会実行委員長)であるマティユ・サントス等々のロタ島の主要人物にも連絡を入れた。
皆一様に、ロタでそんなことが起こったことに失望し、“絶対にあってはならないこと、犯人を捜せ!!”と 云うことで一致団結した。 昨夜の事情聴取の時にノエル・カルボに話したのと同じ話をすると、皆一様に同じ人物(挙動不審の白人女性)を 犯人だろう、と言った。
小さい島なので、話が伝わるのも早い。それぞれが、また、それぞれのファミリーに話す。 それは、まるで蜂の巣を突ついたようになり、文字通り魔女狩りのような、全島あげての“洗濯物大走査線”が 張られた。
メイヤーは台風時の警戒警報などに使う緊急用放送の「パブリック・アナウンス(ローカルTVの5チャンネルを通じて)」で、 この盗難事件を流してくれた。トミーやエドたちも警察署に個々に掛け合い、プレッシャーをかけてくれた。 もはや、この事件は、最初に事情聴取をしたノエル・カルボの手を離れ、警察署長が陣頭指揮を取り、 全島指名手配とし、警察官を総動員し、洗濯物の捜索に当たってくれた。我々は午後3時にロタリゾートを チェック・アウトし、 ロタを離れるので、出来ればそれまでに欲しい、と告げていた。だから、皆、尚更、頑張ってくれた。
また、現在、空港警察のディレクターを務めている友人のトーマス・マングローニャは “犯人が島外に逃亡しないように!?”とロタ空港に非常線を張ってくれた。 今年の大会チェアマンであるマティユ・サントスはコインランドリーのある シナパル村辺りを中心に個人的にパトロールし、犯人を捜してくれた。
トミーの兄は鹿狩りの名手で、弟はつい先日までイラクに従軍していた現役の米陸軍兵士でもある。 その所為か、トミーは「兄弟が銃に弾を込めているので、心配は要らない。」と言った。 そんなこと言われても、トミーの兄弟の行動の方がもっと心配になってくる。 何も、そこまでしなくても・・・・。心の中では、我々自身も“腹は立っているが、 たかが洗濯物で、そこまでやるか”と正直思った。ここまで追い詰めると、何だか犯人が“可哀相な”と 思う気持ちにもなってきた。
だが、チャモロの人たちにとっては、“自分たちの愛するロタ島で「あってはならないこと」が起こってしまったのだ。 それも自分たちの大切な友人であるKFCの身に。自分たちの誇りと意地と名誉にかけても、 犯人逮捕に全力を尽くす。”という思いでいっぱいだったのである。
そして、洗濯物捜索だけでなく、エドやメイヤーは着る物のない我々の為に、 発見できない時のために、Tシャツやポロシャツや下着等々、取り合えず着る物を一揃い用意してくれた。 有難いことである。
ロタ・リゾートのチェック・アウトの時間も迫って来る中、“もういいか、やっぱり出てこないな・・・”と 半ば諦め気分で、部屋で帰る荷物(衣類がないのでスカスカ)をまとめていた。
するとその時、チェック・アウトの1時間前に、 ホテルの部屋を誰かがドン、ドン、ドンと勢いよくノックする音がした。
ドアを開けると、オフィサー(警察官のこと)・アズズともうひとりのデブの警察官が勝ち誇ったように微笑んで、 洗濯物を携えて立っていた。何と!洗濯物が戻ってきたのである。
アズズとデブ・ポリスを部屋の中に入れ、彼ら立ち会いの下、先ずは洗濯物を確認した。 全部ある事を確かめた後、引き渡された。
次に、裁判をして、犯人を刑務所に入れるか、どうするか、尋ねられた。 しかし、裁判をすると裁判費用はかからないが、ロタに、さらに一ヶ月間ほど滞在し続けなくてはならない。 そんなことは出来ない。服も全部戻ったし、島の人達がこれだけしてくれた事に免じて、 訴えはしないという旨を伝えた。
そして、犯人の事を聞くと、裁判にしないので、職務上、名前は教しえられないと言う。 しかし、後に聞いた所では、やはりあの白人女性で、学校の先生ということだった。 こういう僻地の島へは、他では使い物にならない質の悪い先生(白人)が流れついてくるのである。
このアズズは、変わり者で、普段から、やたらめったら交通ルールに厳しく、 チャモロ人とは思えないほど厳格な警察官だ。その厳しさ故、自分の家族にも交通違反切符を切ったり、 観光客にも切ったりするので、皆から煙たがられている。 その為、自分の家族からもBBQパーティに呼んでもらえないほどである。 その彼と、以前、レースの交通規制でも私達とぶつかったりもした。
しかし、この事件をタイムリミット内に解決したことを褒めてやったら非常に喜んで、 その場で自分が被っていたロタ警察のオフィシャル・キャップをプレゼントしてくれた。 そして、メイヤーにポジション・アップを進言してくれ、と言って帰っていった。 身体はデカイくて、いかついが可愛い奴である。
裁判にこそしなかったが、小さい島なので、今後、この犯人はチャモロ人社会からは、 もちろん、ロタの白人社会からも、つま弾きにされ、暮らしていけなくなるだろう。 むろん、学校の教師もクビになることは間違いない。
我々にとっては、「やる時はやる、チャモロ人!」の真骨頂と「チャモロ・ホスピタリティー」を 再確認させられた事件だった。まさに、“たかが洗濯物、されど洗濯物”である。 しかし、今年の大会は、最後の最後まで疲れさせてくれた大会だった。
洗濯物が盗まれたことよりも、タイム・リミット内にそれが出てきたことに心底驚いた。
2006/11/29 KFC記